第九章:山は古寺に鎖し林に死体を掛ける1



 小蛍が人混みの中に縮こまっているのに気づくと、扶揺は「なぜここに女がいる?」と眉をひそめた。

 彼の口調は苛烈ではなかったが、あまり好意的でもなく、小蛍はそれを聞いて頭を下げた。謝憐は代わりに応えた。

「彼女は何か起きたらと心配して、様子を見に登ってきたんですよ」

 扶揺は聞いた。「こいつらと一緒に来たのか?」

 人々はまずためらって言った。「覚えてない」「はっきりとは言えない」「いいえ」「俺たちが登ったときにはいなかった!」「どうせ見てないよ」「自分も見てません」

「だってこっそり着いてきたんだもの……」小蛍が焦って言うと、小彭頭はすぐに食って掛かった。「なんでこっそり着いてきた? お前なんか挙動不審じゃないか? 鬼新郎が変装してるんじゃないのか?」

 すると瞬く間に蛍の周囲に空洞が広がった。彼女はばたばたと手を振った。

「ちがう……ちがう、私は蛍です、私は本物です!」彼女は謝憐に言った 。「公子、私たちは知り合いですよね! 私はあなたに口紅を塗って、お化粧をしてあげた……」

「……」

 みんなは彼を見つめると、誰ともなくひそひそと話しはじめた。「趣味」「普通じゃない」「信じられない」などの言葉を耳にすると、彼は咳をして言った。

「これは、任務に必要で。必要だっただけで。南風、扶揺、君たちも……」

 振り返ると、南風と扶揺も妙な目つきで彼を見つめ、足は彼から離れようとするのをこらえている。

 謝憐は、彼らのそのような眼差しを向けられて身の毛もよだつような思いをした。

「……何か言いたいことがあるのかな」

 彼は理解していなかった。彼女の家の化粧術は人間がやったとは思えないほどすばらしく、彼の眉を美しく整え、顔に玉粉をはたき、唇を真紅に色づかせていた。口をきかなければ、優しくおしとやかな美貌の娘にしか見えない。二人は彼を見ていると胸の動悸が強まり、何も信じられなくなって、己の人生を疑って、身動きできなくなった。顔はやはりそのままだが、自分が誰と話しているのかさっぱりわからなくなっている。扶揺は南風に「何か言いたいことがあるか」と聞いた。

 南風はすぐに首を横に振った。「何も言いたくない」

「……」謝憐は言った。「いやなんか言ってよ」

 そのとき、群衆の中で声が上がった。

「え? これは明光寺なのか? この山には明光寺があるのか? 珍しい。見たことないぞ」

 人々は続々と珍奇さを見つけていった。謝憐はふと、「そうだ、明光寺」と言った。

 南風は、彼の語気に違いを感じて、「どうなさいました?」と聞いた。

 謝憐は言った。「北は明光将軍の地盤で、焼香が貧しいわけでもなければ、法力が弱いわけでもないのに、どうして与君山の山下には南陽寺だけなんだろう?」

 あの高官が神武大帝に祈っているのならまだ理解できる。神武大帝は千年第一の武神であり、明光将軍よりも地位が高く、当然上位であれば上位であるほど、求められる加護も多くなる。しかし、明光将軍と南陽将軍の地位はそれほど変わらず、どちらかといえば、明光将軍は九千の寺院を持っていて、南陽よりも千も多いのだ。なぜ身近な神を捨てて遠くの神を選ぶのか、理由を想像できない。彼はまた言った。

「そもそも、与君山のこの明光寺をあの鬼新郎に占領されたとしても、誰にも見つけられないのなら、もう一つ明光寺を建てたらいいのに、どうして別の武神殿を建てたのかな?」

 扶揺は「他の要因があるはず」と言った。

「うん、その要因は、与君山一帯の住民に、もう二度と明光寺は建てないと決めさせたわけだ。誰かがもう少し法力を貸してくれたら、聞きにいけるかも……」

 すると、誰かが「花嫁がたくさんいるぞ!」と叫んだ。

 その声が寺から聞こえてくると、謝憐は急いで振り返った。彼はあの連中を寺の前の空き地に待機させていたが、彼らは言うことを聞かずに寺の中に駆け込んでしまった!

「危険だ、駆け回るな!」南風が叫ぶ。

「みんなあいつらの言うことを聞くな。奴らは俺たちに指図できない! 俺たちは良民だ、殺されるわけじゃないだろ? みんな行け、行け行け!」

 彼はこの三人が本気で彼らの腰を折るようなことはないと確信して、自分勝手に振る舞い始めてしまった。南風の指がぎちぎちと鳴る。罵声をこらえているようだった。しかし、南陽殿の殿中武官としては、どんな凡人の手足もむやみに折ることはできず、それを見咎めた神官に上告でもされたら、面白くないことになる。小彭頭はまた冷笑した。「お前らの目的がバレてないと思うな。俺たちを騙して手柄を独り占めして、懸賞金を持っていくつもりなんだろ?」

 彼が扇動すると半数の者が動き、彼に続いて寺へ駆け込んだ。扶揺は袖を払って吐き捨てた。「好きにさせたら良い。この連中は卑劣だ」嫌悪感が極まり、もう関わりたくないようだ。明光寺の中で悲鳴が上がる。

「全員死んでる!」

 小彭頭も驚愕した。「死んだ!?」「死んだ」「おかしい、どうして何十年も前に死んでまだ腐っていないんだ?」二度もしないうちに 、彼はすぐに考え直した。

「死んでても大丈夫だ。花嫁の死体を山から運び出せば、花嫁の家族から金を出させられる」

 謝憐の眼差しは次第に重くなっていった。やはり人々が考えるのはこの道理であった。誰かがシーッと声を潜め、ひそひそ話し、あるいは喜びはじめた。謝憐は寺の入り口に立って言った。

「皆さん、先にここを出ましょう。ここは長年風が通らず屍気が沈殿していて、常人が吸い込めば障りがあります」

 その話は筋が通っているように聞こえたが、はたして言うことを聞くべきか。そこで蛍も小声で言った。

「ここは危険だし、まずこの公子の言うことを聞いて、外に出て座ったほうがいいよ……」

 しかしこの連中は何人かの人の言うことも聞かないのに 、そうして彼女の言うことを聞くだろうか? 誰も相手にしない。小蛍は落胆を見せずまた何度か言った。小彭頭も言い聞かせた。

「みんな急いで新しい死体を持っていこう。古すぎる死体は家族が生きているかわからない、無理して運ぼうとしなくていい」

 意外にも、何人かが彼を利口で有能だと褒めた。謝憐はそれを聞くと、本当に笑うにも笑えず泣くにも泣けなかった。ふと、誰かが余計な動作をしているのを見つけて忠告する。

「盖頭を剥がしてはいけない! その盖頭は屍気と陽気を遮断できます。あなた方は陽気が強すぎるから、それを吸い込んで何も起こらないとは言えません」

 しかし、何人かは新しい死体を選ぶために、とっくに盖頭をめくっていた。謝憐は門口に来た南風と顔を見合わせ、首を横に振る。この人たちを止められないのは分かっていた。結局のところ彼らを口から血を吐くほど殴って動けなくするなんて出来ない。もし後で何かあって、彼らが逃げられなくなりでもしたら、ようやく理解してくれるのだろうか? どうしようもない。その時、ある大男が花嫁の盖頭を上げて、「うわあ、この娘は本当に美人だ」と言った。

 一同が集まって口々に言う。「死んでしまったのが惜しいなあ」「服は少し破れているが、この子が一番綺麗だ!」

 この花嫁は死んで間もないようで、顔の肌はまだ弾力がある。誰かが言った。「ちょっと触ってもいいかね」小彭頭は返す。「だめなものか」そう言ってその死体の顔をつねると、これがすべすべしているので心をくすぐられたらしく、もっと触ろうとした。謝憐が本当に見ていられなくなって制止しようとしたところ、蛍がすでに突進していた。「やめて!」

 小彭頭は小蛍を押し返すと「大旦那たちの仕事の邪魔をするな!」と言った。

 小蛍はまた起き上がる。「きっと天罰が下るよ!」

 小彭頭はいらいらしていた。「くそっ、この醜女は本当に面倒くせえな!」

 彼は罵って足蹴りしようとしたが、謝憐は片手で小蛍の襟を持ち、軽々と提げて彼女を引き離した。すると唐突にドン、と音がして、小彭頭が叫ぶ。「誰だ俺を打ったのは!」

 謝憐が振り返ると、彼は頭から血を流して、頭に大きな穴を開けていた。地面に血のついた石が落ちている。小蛍はぽかんとして、慌てて言った。「ごめんなさいごめんなさい、私……私怖くて、うっかり投げちゃって……」

 しかし、彼女が真っ先に認めても、誰も信じられないだろう。なぜなら、方向が全然違ったからだ。この石は小彭頭の背後の窓の外から投げ込まれていた。小彭頭が叫んだ途端人々がその方を見ると、窓の外で人影が揺れているのが見えた。

 小彭頭は怪しんで吠えた。「あの顔に包帯を巻いた醜男だ!」

 謝憐は蛍を南風の腕の中に押し込むと、二歩踏み出し、右手を窓の上に置いて身体を軽く支え、翻し、林の中を追った。ほかにも、懸賞金を得ようとした大胆な者も何人か、窓の外へ飛び出した。林の縁まで追いかけて、謝憐は急に血の臭いを嗅ぎ取ると異常に気づき、警戒して急に足を止めると言った。「入るな!」

 彼は注意したものの、数人はお前が追いかけないなら自分が追いかけると張り切っていて、脚は止まらず、森の中に飛び込んでいた。寺に集まっていた人々も出てきて、謝憐が林の縁に止まっているのを見つけると、そんなに大胆ではない者も見物しに来ていた。間もなく悲鳴がいくつか上がって、林の中からいくつかの黒い影が飛び出してきた。さっき先に飛び込んできた数人だった。黒い影たちが、よろよろと林を出て、月光の下に出ると、人々は彼らを見てたまげた。

 入った時は普通だったのに、どうして出てきたら血塗れになっている?

 この数人は顔から服まで血だらけで、血が泉のように湧いていた。一人の人間がこんなに多くの血を流していたら、絶対に生き長らえられない。彼らが一歩一歩近づいてくると、一同は驚いて後ずさりして、謝憐のうしろまで下がっていった。謝憐は手を挙げて言った。

「落ち着いてください。血は彼らのものではありません」

「そうだ! 血は俺たちのものじゃなくて、うん……ああ……」

 血まみれの顔も恐怖の色を隠すことができず、一団は彼らの視線に沿って林の中を見た。林の中に何があるのか、黒々としていて、まったく見えない。謝憐は松明を持って数歩前へ出ると、手を掲げて身を乗り出した。闇の中で、何かが松明の上に落ちて、ジュウっと音を立てた。彼は松明を見て、目を上に向けて、しばらく考えると、手をあげて松明を投げた。

 投げられた松明が上空を照らしたのは一瞬だったが、森の上に何があるのか、全員がはっきり捉えていた。

 長い黒髪、青白い顔、ぼろぼろの武官服、空中にぶら下げられた腕。

 四十人以上の男の死体が、高く低く、ゆらゆらと、木にかかっていた。どのくらい血が流れたのか、乾かないまま、ぽたぽたと。屍林が作られ、血の雨が滴り落ちる恐怖の光景となっていた。

 外の連中はみな屈強な大男だったが、こんな戦場を見たことがあるはずもなく。呆気にとられ、しんと静まりかえっていた。南風と扶揺もやって来てその光景を見ると、顔が強張らせた。

 やがて、南風が「青鬼」と言った。

「確かに、あれが大好きな仕掛けだ」と、扶揺も言った。

 南風は謝憐に言った。「行かないでください。もし本当にあれなら、少々面倒なことになります」

 謝憐は振り返って尋ねた。「君たちが言っているのは誰のこと?」

「『近絶』です」

 彼は腑に落ちずまた聞いた。「近絶って呼ぶからには、絶に近いってこと?」

 扶揺が言った。「そうです。『近絶』青鬼は、霊文殿で、格が『絶』に近いと評価された凶物です。奴はこのような逆さ屍林をこしらえる遊びをとても好むことで有名です」

 謝憐は思った。近絶という格は必要なのだろうか。絶なら絶で、そうでなければそうではない。『飛昇』と『飛昇してない』だけが存在して、『飛昇に近い』や『すぐ飛昇しそう』はないように。『近』という字をつけたのでは、かえって混乱させるのでは?

 彼はあの少年が自分の手を引いて歩いていたとき、雨が傘の表面を打つ音がしたことを思い出した。まさか彼が傘をさしていたのは、謝憐をこの屍林一帯の血の雨から守るためだったのか? すると「ああ」と淡い声が出た。二人はすぐに「どうかしましたか?」と訊いてきた。

 そこで彼は、花かごの中で一人の少年に出会い、その少年がどのようにして彼をここまで連れてきたのかを簡単に説明した。やがて、扶揺は「この山中の迷陣に入ったとき、かなり危険だという気はしていましたが、そいつが手当たりしだいに破ったわけですか?」と疑った。

 (手当たり次第どころか、軽々と踏んで、気にもとめてなかったよ)と謝憐は思いつつ話した。「かな。君たちが言ってるその『近絶』の青鬼とやらは、彼のことではない?」

 南風は少し考えて言った。

「青鬼を見たことがないので、断言できません。あなたが見たその少年には何か特徴がありますか?」

「銀蝶」

 さきほど南風と扶揺が逆さにかかっている死体の林の光景を見たとき、二人の表情は完全に落ち着いていた。だがその言葉を口にすると、謝憐ははっきりと、彼らの顔色が一瞬変わったのを見た。

 扶揺が信じられなさそうに言った。「何と言いました? 銀蝶? どんな銀蝶ですか?」

 謝憐は、自分が何かとんでもないことを言ったのではないかと気づきつつあった。

「銀にも水晶にも似ていて、生き物らしくない。でも、とても綺麗だった」

 南風と扶揺の二人は顔を見合わせると、顔色が悪く、ほとんど青くなっていた。

 しばらくして 、扶揺は声を沈めると「行きますよ、すぐに行きましょう」と言った。

「この鬼新郎はまだ解決してないよ。どうして行ける?」

「解決?」

 彼は振り返ると冷笑した。「あなたは本当に長く人間界にかぶれてしまったようですね。鬼新郎はただの『凶』にすぎない。この倒懸屍林(逆さ屍林)をこしらえた青鬼でさえ、頭が痛いが『近絶』にすぎない」

 ふたたび、彼の声は物々しくなった。「ところで、あの銀蝶の主がどんな顔をしていたか分かりますか」

 謝憐は素直に「わからない」と言った。

「……」扶揺はぶっきらぼうに言った。「不確定なことが多いし、今のところ話す暇もありません。とにかくこれはあなたの手に負えるものではない。早く天界に戻って救助兵を呼んだほうがいい」

「なら、君が先に帰って」

「な……」

「あの銀蝶の主には悪意がなかった。彼が悪意を秘めていて君の言うように恐ろしいものだとしたら、与君山周辺数里であっても彼の手から逃れられないだろう。でも今は誰かがここにいないと。だから先に帰って、救助兵を呼べるか試してほしい」

 扶揺からすれば、ここに残っていろいろな面倒事に対処するのは御免なのだろうと謝憐は思っていた。ならば決して無理をしてはいけない。扶揺という人はとても淡々としていて、袖を払うと、本当に先に行ってしまった。謝憐は南風のほうを向き、その少年のことをもっと尋ねようとしたが、群衆はまた騒然とした。

「捕まえた! 捕まえたぞ!」

 これで南風と話す暇がなくなった。「何を捕まえたんですか?」

 林の中からまた血まみれの姿の二人が出てきた。一人は大男で、さっき先に林の中に飛び込んできたのに、あの屍林の血の雨に驚いて引き下がらなかったのは、豪胆といえる。もう一人というのは、大男が手に一人の少年を引きずっていて、なりふり構わず手の中に捕らえられており、顔にめちゃくちゃに包帯を巻いていた。

 謝憐は、前に出会った小店で茶頭が言っていたことを思い出した。「鬼新郎は顔に包帯を巻いた醜男だと言われている。あまりにも醜いから、女に好かれず、会っても上手くことが運ばない」当時、彼らは噂の可能性が高いと思っていたが、本当に当てはまる人がいた。

 存在していることと、あの鬼新郎かどうかは、また別のことだ。彼はその包帯少年をよく見ようとしたが、小蛍が割り込んできた。

「ちがう! 鬼新郎じゃない、彼は違う!」

「そこで捕まえたんだぞ、なのに違うって言うのか? 俺は……」小彭頭は急に何かを悟った。「あ、どうりでお前はいつも変で、頑固で、違う違うってうるさかったわけだ。お前、鬼新郎とグルだったんだな!?」

 小蛍は驚いて、しきりに手を振った。「ちがうちがう、ちがうよ。この子もそうじゃない。彼は本当に何もしたことがない、彼はただの……普通の……」

 小彭頭は鋭く迫った。「普通のなんだ? 普通のブス?」彼はその包帯少年の頭にむんずと掴んだ。「じゃあ、この普通の鬼新郎がどんな顔をしているのか、どれだけ人の女を奪い取るのが好きなのか見てみようぜ!」

 彼が何本かほつれていた包帯をさらに乱すと、顔を巻いた少年は頭を抱えて悲鳴をあげた。その叫び声は恐怖に満ち、凄惨で、憐れだった。謝憐は小彭頭の腕をつかんだ。

「もういいでしょう」

 小蛍はその少年の悲鳴を聞いて涙をこぼすと、謝憐が止めたのを見て、希望を見たかのように、あわてて彼の袖をつかんだ。

「公……公子、私を助けて、彼を助けてください」

 謝憐が彼女を見ると、小蛍はまた彼の袖を放した。謝憐が面倒臭がって彼女を助けてくれなさそうに見えたらしい。謝憐は「大丈夫だ」と言った。血まみれの包帯少年を見ると、その少年は充血した目を開いた。腕の下の隙間から包帯が漏れていて、謝憐はそれを盗み見ていたが、ちらりと見ただけで、すぐに視線を下げると、包帯を巻き直すのに集中した。顔には出さなかったが、少年のわずかに露出していた顔の皮膚は、大火で焼かれたかのように凄まじいもので、包帯の下には恐ろしい顔があること、見てきた他人の背筋を凍りつかせてきて、だから彼も縮こまっていたのだろうことは想像に難くなかった。

 謝憐は、この二人の縮こまった様子が、長年日の光にも人にも迎え入れられなかったかのようだと気づき、心の中で溜息をついた。傍にいた小彭頭は警戒している。

「お前らは何がしたいんだ? 鬼新郎は俺たちが捕まえるんだからな」

 謝憐は彼を放すと言った。

「そんなに簡単に捕まえられるものだとは思いません。さっき私の友達があたり一帯を捜索しましたが捜し出せなかった。この少年は後になって来ただけかもしれません。本物の鬼新郎は、まだここにいるはずです」

 小蛍も勇気を出して言った。「懸賞金が欲しいんだろうけど……でも、むやみに人を捕まえて数にしたって無駄よ……」

 小彭頭はそれを聞いて、また手を出そうとした。さっきからずっと世話を焼かせるので、謝憐はついに我慢できなくなった。手を振って若邪綾が出てくると、ぽん、と小彭頭を打って転ばせた。南風も限界に達したらしく、すぐに一脚を補うと、彼はついに倒れて起き上がることはなかった。この人は挑発を得意にしていて、彼が動かなくなれば 、群衆が誰について行けば良いのか分からなくなり、すっかりおとなしくなって、誰かがちらほら呼びかけても騒ぎが起きなくなった。謝憐は心のなかで(やっと仕事ができるようになった)と呟いた。彼は地面の少年をしばらくじっと眺めると、「さっき窓から石で人の頭を割ったのは君?」と尋ねた。

 彼の声は穏やかだった。その包帯少年はぬかのように震え 、またちらちら彼を見ると、うなずいた。小蛍は言った。

「この子は殺そうとしたんじゃなくて、小彭頭が私を殴りそうなのを見て、助けたかっただけなんです……」

 謝憐はまたその少年に尋ねた。「あの森の中にある逆さに掛けられた死体が、どうしてああなったのか君は知ってる?」

「どうしてあんな風なのかは知らないけど、でもきっとやったのは彼じゃないです……」と小蛍は言った。

 その包帯の少年は震えながら、しきりに首を振っていた。南風はそばで彼を見つめていたが、突然聞いた。

「青鬼戚容はお前か?」

 その名前を聞いて謝憐は少し驚いた。その包帯少年は明らかに茫然としていたが、彼の言う名前には反応せず、南風の言葉にも返事しなかった。小蛍が口添えた。「彼は……彼は怖くて、話せないんです……」

 小蛍は出来る限りこの不審な少年を庇おうとしていた。謝憐は温かい声で言った。

「蛍さん、この子はいったいどうしたんでしょう。なにか知っていれば、言ってみて欲しい」

 謝憐を見て、蛍は少し勇気を出したようだった。火の光が彼女の顔を照らしていたが、彼女は避けず、両手を握りしめて言った。

「彼は本当に悪いことをしていないんです。この子は、与君山に住んでいるだけで、時々お腹が空くと焦って、山を下りては食べ物を盗んでいました。たまたま私の家に盗んだことがあって……私は彼があまり話せないと思って、顔に傷があったから、布包みを探してあげて、たまに彼に食べ物を送りに行っていました……」

 謝憐は最初、彼らは番かもしれないと考えていたが、小蛍はこの少年を保護したのは、姉のような、保護者のような心持ちからのようだ。彼女はまた言った。

「それからは、彼を鬼新郎だと思っている人がたくさん出てきて、私は何も言えませんでした。本当の災いが早く捕まることを心待ちにして……私はあなた達が事態を深刻に捉えて、花嫁のふりをして鬼新郎を捕まえようとしているなら、少なくとも間違った人を捕らえることはないと思いました。だって彼には絶対に絶対に、花かごを盗みに行くなんて出来ませんから。だけど外に出たら、小彭頭たちが今日も山を捜索すると聞いて、私は本当に心配になって、こっそりに見に来たんです」

 彼女はその少年をかばって前に出た。また人が彼を殴るのを恐れるように。

「この子は本当に鬼新郎じゃありません。彼を見て。たった数人でこんなことになってるのに、どうやって花嫁のかごを護送するたくさんの武官をやっつけられますか……」

 謝憐は南風と顔を見合わせると、二人とも頭痛を覚えた。

 もし彼女の言っていることが本当なら、この少年は今回の件とまったく関係がないのでは?

 包帯少年、『凶』の鬼新郎、『近絶』の青鬼、そしてそれらに劣らない、天界神官が顔色を変える銀蝶の主。小さな与君山に、なぜか招かれざる客が続いていて、どうも手に負えない。誰が誰に? 誰と誰の間に何の関係がある? 謝憐は頭が何倍も大きくなったような気がした。

 彼は眉間をこすると、小蛍の話の真偽の程は考えずに、ふと聞いてみた。

「蛍さん、きみはずっと与君山の近くに住んでいたの?」

「はい。私はずっとここに住んでいます。彼がここで何も悪いことをしていないと証明できます」

「いや、もう一つ聞きたいことがあるんだ。与君山一帯、この山の一間を除いて、別の明光寺が建てられたことはない?」

 小蛍はぼかんとした。「それは……」彼女は考えて、「建ったんじゃないかな」と言った。

 彼女の話を聞いて、謝憐はふとかすかに、何か重要なものをつかんだ気がした。

「では、なぜ山の下に南陽殿が見受けられて、明光殿がないんだろう」

 小蛍は頭を掻いた。「建てたは建てたけど、明光殿を建てようとするたびに、建設途中でなぜか火事になると聞きました。誰かが、明光将軍は何らかの理由でここを鎮められないのだろうと言ったので、南陽将軍に変わったんです……」

 南風は謝憐の顔が固まっているのに気づいて、「どうかしましたか?」と言った。

 謝憐は唐突に発見した、あまりにも簡単すぎる。

 笑ってはいけない花嫁、理由もなく失火した社殿、迷陣に閉じ込められた明光寺、 意気軒昂とした将軍武神像、若邪綾に怪我を負わされてから消えた鬼新郎……。

 簡単すぎる。

 ただ、常に別のものが視線を乱していたので、最初からこんな簡単な事実に気づけなかった。

 彼は急に南風をつかんで、「法力を貸してくれ」と言った。

 南風は彼に捕まえられ驚きながらも、急いで空中を叩いて法力を与えた。「どうしましたか?」

 謝憐は彼を引っ張って走り出した。「あとで説明する。まずあの十八人の花嫁の死体を鎮める!」

「混乱してませんか? 花嫁の死体は十七体しかありません、あなたは自分を十八人目に加えている!」

「いやいやいや、前は十七体だったんだけど、今は十八体いるんだ。十八人の花嫁の死体のうち、一人は偽物――鬼新郎が混ざってる!」



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Author:kirihata
中国語初心者です。原作の読み返しついでに自分なりに訳してます。
魔翻訳に毛が生えた程度なのでご了承ください。

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