第八章:鬼は花かごの上の太子を娶る3

 


 手を差し出すか、差し出すまいか。

 謝憐は眉ひとつ動かさなかったが、まだよく考えられていなかった。このまま山のようにびくともせず座っていようか、狼狽した新嫁娘がびくびくして後ろに隠れるのを装うべきか。しかし、その手の主は辛抱強く、風格もあって、謝憐が動かないでいると、彼も動かず、そのまま返事を待っているようだった。

 やがて、鬼に魅入られたように、謝憐は手を伸ばしていた。

 彼は立ち上がり、 緞帳を開けてかごを降りようとしたが、相手はもう一歩進んで、彼のために紅い緞帳を上げてやった。訪れた人は彼の手を握ったが、あまり強く握りこまず、むしろ痛みを与えることを恐れているかのような、思いのほか慎重な錯覚を彼にもたらしていた。

 謝憐はうつむきながら彼に引かれ、ゆっくりと輿を出ていくと、足元には若邪綾に絞られた狼の死体がひとつ転がっていた。彼は少し頭を回転させると、ちょっとつまずいてみて、驚いたようにあえぎながら前に倒れた。

 その人物はすぐに手を出して 、彼を受け止めた。

 この助けを謝憐も握り返すと、何か冷たいものに触れた。どうやら、その人は手に一対の銀の腕輪をつけているらしい。

 この護腕は華麗で精巧で、柄は古拙だが、紅葉、蝶、獰猛な猛獣が彫られていた。神秘的で、中原のものでもなく、異族の古物のようだ。この人の手首にかっちりと嵌るに相応しく、洗練されているように見えた。

 冷たい銀、青白い手、怒ってはいないが、わずかに殺気と邪気がある。

 彼は相手を探るために意図して転んでみせた。若邪綾はいつでも飛び出せるように、晴れ着の広い袖の下でゆっくりと巻きついている。しかし、その人は彼の手をひいて、前に導いただけだった。

 謝憐は盖頭をかぶっていて、道が分からないということになっている。そこで次に、時間を稼ごうとわざと遅く歩いてみたが、相手も彼のペースに合わせて非常にゆっくりと歩き、もう一方の手ひらは時々手をつないできて、まるで彼がまた転ぶのではないかと心配しているかのようだった。謝憐は心の中で十二分に警戒していたが、このように扱われてしまうと、これが本当の新郎ならお手本になるべき紳士ぶりだ、と思わずにはいられなかった。

 その時、彼はふいに極めてささいな刺すような音を聞いた。二人が一歩踏み出すたびに、その音はぎゅうぎゅうと鳴った。何の音か考えていると、突然、獣の重苦しい低い声が聞こえてきた。

 野狼!

 謝憐の身体の輪郭がわずかに動いて、若邪綾がさっと彼の腕の上に控えた。

 彼はまだ何の動作もしていなかったが、彼を連れている人は謝憐の背中を軽く二度叩いた。心配しないでとなだめるように。この二度は、優しさとしか言えないほど軽い。謝憐はぽかんとした。その低い影はすでに圧迫されていたのだ。もう一度聞いてみると、彼はふと、これらの野狼たちは、低く吠えているのではなく、嗚咽しているのだと気づいた。

 それは明らかに、獣が恐怖の極限に達し、動けなくなって、瀕死のときに足掻いて漏らす嗚咽だった。

 謝憐のこの来訪者に対する好奇心がますます強くなった。すぐに盖頭を剥いで、一目見てみたかったが、そうするのはこの場合得策ではないと分かっていたので、ただ紅盖頭の下から隙間を縫って相手を観察するしかない。見えたのは、紅衣の裾。紅衣の下には黒い革靴が、焦らずぐずつかず、悠々と歩いていること。

 その小さな黒い革靴はしっかり引き絞られていて、上には細長くまっすぐな脛が伸びていて、歩いていると実に美しい。黒い靴の側面には、細い銀の鎖が二本懸けてあって、ひとつ歩むたびに、銀の鎖が揺れ、澄んだ音を立てた。

 その足取りは呑気で、軽快さを帯びていて、少年のよう。しかし、彼の一歩一歩には着実に目的地へ進んでいるような毅さがあり、誰も彼の歩みを邪魔できない気がした。もし彼の道を遮ったら、誰もが彼に轢かれて粉々になってしまうような。見れば見るほど謝憐にはわからなくなっていくのだが、彼は結局のところ、いったいどんな人物なのだろう?

 ちょうど彼が考えていたとき、突然、地面の上の白く薄気味悪いものが彼の目に飛び込んできた。

 それは頭骨蓋だった。

 謝憐はしばらくじっと足元を見ていた。

 一目で、この頭蓋骨の置き方に問題があることがわかった。これは明らかにある陣法の一角であり、それに触れたら、陣法全体が瞬時に攻撃してくるかもしれない。しかしその少年の足取りを見ると、そこに何かがあることにまったく気づいていないようだった。声を出して注意しようとしたその時、ただ、カラ、という凄惨な脆い音を聞いたかと思うと、この少年の足が振り降ろされ、たちまちこの頭蓋骨の蓋を踏みつぶした。

 そして、何も感じなかったかのように、冷淡にこの粉の山を後にした。

「……」

 彼はなんと、その足で、陣法すべて、踏み潰して屑山にしてしまった……。

 そのとき、少年は立ち止まった。謝憐の内心も動かされて、彼が何かしたのではないかと考えたが、その少年はちょっと立ち止まっただけで、彼を案内し続けた。二歩歩くと、上から突然ぽたぽたと音がして、雨粒が傘の表面に打ちつけているようだった。どうやらその少年は傘をさして、二人の頭の上に掲げてくれたらしい。

  そういう状況ではないと分かっていても、謝憐は心の中で彼の思いやりを賞賛せずにはいられなかったし、雨が降ったのかと思うと、なかなか奇妙な気がした。

 黒山に囲まれた、鬱蒼とした野林である。遠くの山々の奥で 、狼の群れは月に向かって長い遠吠えをする。さっき山の中で殺し合いがあったせいか、冷たい空気の中にはかすかに血の匂いが漂っていた。

 この状況も景色も、怪しげ極まりない。しかしその少年は、片手で彼を引いて、一手に傘をさして、ゆっくりと進んでいく。なぜだかわからないがいつになく妖艶な風月は果てしなく、 献身的で愛情深くて離れがたいのだった。

 その奇妙な雨が来てからも怪しく、歩き続けてもどこか異様だったが、やがて、雨が傘を打って水が滴り落ちる音が消えた。その少年も足を止めて、傘を畳んだようだ。同時に、ついに手を離し、彼に一歩近づいた。

 道中で彼を導いていた手が、その盖頭を軽く持ち、ゆっくりと上に持ち上げた。

 謝憐はこの瞬間を待ち受け、じっとしていたが、目の前の紅盖頭がゆっくりと開かれていくのを見ると――。

 綾が動いた!

 あの少年が殺気を放ったわけではないが、まず先手を打って捕まえてから、話を聞くべきだ!

 しかし、若邪綾が飛び出して、一迅の横風を起こすと、その紅盖頭がその少年の手から離れ、飛んでまた落ちていった。謝憐はその紅衣の少年の残影だけを見ることができ、若邪綾はすぐにそれを穿ちに行った。

 その少年は、千羽の銀蝶に砕け、銀色に輝くきらびやかな星風となって散った。

 場違いとは分かっていても、謝憐は二歩退いて、その夢のように美しい光景に感嘆せずにはいられなかった。そのとき、一匹の銀蝶が目の前を飛んできた。 目で追ってみると、その銀蝶は彼の周りを二周飛んで、それは蝶風の中に流れ込み、一斉に空一面の銀光の一部と化して、夜空に羽ばたいていった。

 しばらくしてから謝憐はやっと我に返ると、あの少年が鬼新郎なのだろうかと考え込んだ。

 彼が見たところでは、どうも似ていないような気がする。もしそうなら、与君山の狼の群れは彼の部下であるはずなのに、彼に会ったとき、どうしてあれほど恐がっていたのだろうか。そして道のあの陣法も鬼新郎が作ったものだろうに、彼は勝手に……踏み壊してしまった。

 しかし鬼新郎でないのなら、この少年はなぜ花かごを強奪しに来たのだろうか?

 考えれば考えるほど不思議になり、謝憐は若邪綾をつかんで肩に置くと、まあいっか、ちょうど通りがかっただけかもしれない。やはりしばらく置いておこう、今はもっと大事なことがある、と考えた。それからあたりを見渡すと、え、と声を上げた。そう遠くないところに建物があって、ずっしりとそびえ立っていたのだ。

 あの少年が彼をここに連れてきたからには、この建物は苦心して迷陣の中に隠されていたのだろう。中に入ってみるべきだ。

 謝憐は数歩歩いて、急に立ち止まって、考えて、また引き返すと、地面の盖頭を拾って叩き、手に持って、やっとそちらに向かって歩いて行った。

 この建物は赤い壁の高い院で、レンガや木の瓦が少し点々と見え、どうやら年季のある寺のようだった。しかも謝憐の経験から察するに、この形のつくりはたいてい武神寺である。やがて彼が顔をあげると、門の上に金剛鉄骨の大きな三文字が見えた。

 明光(ミンゴン)殿!

 北方の武神明光将軍、前に霊文は通霊陣で、北方で焼香の盛んな裴(ぺい)将軍とも言っていた。近くに明光殿が見つからなかったのも無理はない、南陽寺を見つけるはめになったのは、この明光寺がもともと与君山にあったが、とっくに迷陣に封鎖されてしまったからだろう。もしかすると、この鬼新郎は明光将軍と何の関係があるのか?

 しかし、この明光将軍は、春風得意で大神官であり、北方での地位も安定している。個人的にはこのような神官が鬼新郎のような凶物に関与しているとは思えない。知らず知らずに不運にも凶物に巣を占領された、というほうがまだ自然だ。実際のところどうなのか、見てから判断するべきだろう。

 彼が中へ進むと、寺の門は閉まっていたが、鍵は掛かっておらず、押すとすぐ開いた。押し入ると、奇怪なにおいが押し寄せてきた。

 長年誰もいなかったがゆえの埃のにおいではなく、かすかな腐臭。

 謝憐は後ろ手で門を閉めると、ずっと訪れる人がいなかったのだろうと感じさせる様子を見て、中に入った。大殿の中央には武神像が奉られていて、それはもちろん北の武神明光将軍であった。彫像、人形、肖像画など、ほとんどのひとがたのものは、邪気に染まりやすいので、謝憐はまずこの武神像をよく観察してみた。

 じっくり眺めてみると、この神像はとてもよくできていると言えた。宝剣を執り、玉帯をぶら下げている。容貌は英俊で、堂々としている。特に問題なさそうで、腐臭も神像からするわけではないので、謝憐はそれに構うのをやめて、大殿の奥へ向かった。

 振り向いたとき、謝憐の目の瞳孔が一瞬で縮んだ。

  真っ赤な嫁入り衣装を着て、盖头をかぶった女たちが、ぴーんと体を伸ばして彼の前で立っていた。

 かすかな腐臭は、これらの嫁入り衣装の女たちから発せられたものだった。

 謝憐はすぐに心を落ち着けて、一つずつ数えていった。一 、二 、三 、四……十七まで数えた。

 与君山あたりで行方不明になっているのも十七人の花嫁だった。

 花嫁の着物の紅が抜けていたり、かなり古くて破損していたりする花嫁もいて、きっと初期に行方不明になった花嫁にちがいない。嫁入り衣装がまだ新しく、様式も新しく、経年の死体の匂いも極めて薄い花嫁は、最近行方不明になったのだろう。謝憐は少し考えて、一人の花嫁の盖頭をめくった。

 紅盖頭の下は青白い顔で、白いが少し緑がかってもいて、暗い月光に照らされると恐ろしい。最も恐ろしいのは、この女の死に顔は筋肉で歪んでいたのだが、その歪んだ顔には、硬直した微笑みが浮かんでいたことだった。

 謝憐がもう一人の女の盖頭を暴いても、同じように口元が上がっていた。

 この部屋いっぱいの死人は、なんと晴れ着を着て、微笑んでいたのだ。

「新嫁娘、新嫁娘、紅い花輿の上の新嫁娘……」謝憐の耳には、またその子供が歌った奇妙な歌が響いていた。「涙があふれ、丘を越えても、盖頭の下では笑ってはいけない……」

 突然、彼は寺の外からの奇妙な音を聞いた。

 本当におかしな音だった。そのおかしさは言葉で表現しにくい。厚い布で包まれた二本の棒で、地面をトントンと叩き、何か重いものを掛けていて、苦労して地面を引きずっているような。音は遠くから近づいてきて、非常に早くやって来ると、ついに明光寺の入り口に着いた。キイ――、と長めの音を立てて、明光寺の門は押し開かれた。

 人だろうが物だろうがここに来るなら、たぶんあの鬼新郎だろう。そして今、戻ってきた!

 この殿から抜け出すのは不可能、隠れるところもない。謝憐は一瞬だけ考えてこの花嫁の列を見ると、すぐに盖頭をかぶって、自ら列に入り、じっと立った。

 もし三、四、五、六人の死体だけがここに立っていれば、数が違うことを一目で見抜かれていただろうが、今ここには十七人の花嫁の死体があるから、さっきのように一つずつ数えないと、すぐに誰かが混じっているとはバレないはず。

 彼が立ったとたん、変な音がドンドン、トントンと、“歩いて”入ってきた。

 謝憐はじっとしながら考える。これはいったい何の音なのか? 長短の感覚からして、足音のように聞こえるが、こんな足音があるだろうか? 間違いなくさっき自分を連れてきてくれた少年ではないだろう。彼はのんびりしていて、歩くたび鈴の音がした。

 突然、彼はあることを思い出して急に緊張しはじめた。まずい、高さが合わない!

 死体はすべて女で、彼は本物の男で、生まれつき女よりも育っていた。人数が多いことには一目では気づかないだろうが、死体の群れの中にひときわ背が高いのがいれば、一目でわかる!

 しかし、もう一度思い直してみると、謝憐はまた迅速に落ち着いた。確かに背は高いが、少女蛍は簡単に彼の髪を束ねただけで、それほど装飾を施さなかった。花嫁たちはみな着飾っていて、髷は天に昇るほど高く、その上鳳冠をかぶって、頭の上に大きな塊を高く上げていた。身頃と合わせれば彼より低くないかもしれないし、背が高くても、あまり目を惹かないだろう。

 ちょうど思い至ったとき、彼はまたずり、という音を聞いた。距離は彼から二丈ほど。

 しばらくして、またずりりと音がして、今度は彼に少し近づいた。

 謝憐はこの鬼新郎が何をしているのか理解した。

 花嫁の盖鬼を一つずつめくって、一人ずつ顔を確認している!

 バン!

 いま仕掛けないで、いつ仕掛ける? 若邪綾が勢いよく飛び出し、ちょうどその鬼新郎に当たった。

  爆鳴だけが響くと 、黒い霧が眼前を覆った。謝憐は妖霧に毒があるかどうか分からず霊光護体も持ち合わせていなかったので、すぐ息を殺して口鼻を覆いながら、若邪綾を動かして流風を踊らせ、黒霧を追い払った。ドンドン、トントン! 謝憐は目を細め、寺の入り口に小柄な黒い影が揺れているのを見た。寺の門が大きく開いて、黒い霧がもうもうと林に向かって行った。

 謝憐は即断して、すぐに追いかけた。しかし、彼が何歩も追わないうちに、林の中では火が天に昇って、遠くから「行けー!」と叫ぶ声が聞こえてきた。

 一人の青年の声はとりわけ高らかだ。

「醜男を捕まえて、人民のために害を除く! 醜男を捕まえて、人民のために害を除く! 賞金はみんなで山分け!」

 まさしくあの小彭頭(シャオポントウ)だ。謝憐は心の中で悲鳴をあげた。たしかに彼らは山に登ると言っていたが、本当に登ったのか。本来ならの陣法に隠されて見つけられないはずだが、でも陣法はさっきあの少年の足に踏まれてぐちゃぐちゃになってしまった。盲目の猫が死んだネズミにぶつかったようなものだ。あの子たち本当に探しにきちゃったよ。よく見ると、彼らが来た方向は、ちょうどあの鬼新郎が逃げた方向だ!

 謝憐は、若邪綾をひっさげて突進し、「止まれ!」と叫んだ。人々はみな茫然としていた。彼が話をする前に、小彭頭が熱心に尋ねた。

「お嬢さん! あの鬼新郎に山にさらわれたのか? お名前はなんと? 俺たちはあなたを助けに来たのです。安心してください!」

 謝憐はぽかんとすると、おかしくなって、それから自分はいま女装しているのだと思い出した。南陽寺には鏡がなく、自分が今どんな姿をしているのかわからないが、反応を見るかぎり蛍娘の腕前は中々のものらしい。人々は驚いていても彼を本物の花嫁だと思っていたし、この小彭頭は、彼が十七人目の花嫁であることを期待していたのだろう。いずれにせよ、この村人たちを駆け回らせるわけにはいかない。鬼新郎が逃げ続ける保証はないのだ。ちょうどそのとき、二人の黒衣の少年が駆けつけてきた。謝憐はすぐに、「南風扶揺、手伝ってくれ!」と叫んだ。

 しかし、この二人は声に従ってやって来たものの、そろって呆気にとられ二歩後退した。謝憐が何度もたずねるとやっと反応が来た。

「そっちから来たのか? 道で何があった?」

「いいえ!」南風が言った。

「よかった。扶揺、君は今すぐこの道に沿って、周囲を捜索して。鬼新郎が逃げていないことを確認しよう」

 扶揺は聞くと、くるりと向きを変えて走った。謝憐はまた言った。

「南風、ここを守って、一人も行かせないようにして。山の中であの新郎を見つけなかったら、きっとこの人たちの中にいるだろうから!」

 話を聞くと大男たちは騒然とした。小彭頭も彼が女ではないことを知ると真っ先に突っかかってきた。

「一人も行かせない? 何を根拠に! 法があるとでも言うのか。みんな、こいつらの言うことを聞く……」

 彼が言い切る前に、南風が掌を突き出すと、一抱えもありそうな大木が音に応じて折れて倒れた。人々はこの少年が意見が合わないとすぐに物を割って、もし柱があるならもちろん真っ二つにしてしまうことを思い出した。口答えしても物が壊れるだけで無駄だ、もう何も言うまい。小彭頭はまた言った。

「鬼新郎は俺たちの中にいるっつったよな? 俺たちはみんな知り合だってのに。信じられないなら松明でみんなの顔を照らして、一人ずつ見てみろよ!」

 謝憐は「南風」と呼んだ。

 南風は小彭頭の手にあった松明を受け取り、一つずつ照らしていった。どれも顔に汗をかいたり、緊張していたり、あるいは茫然、興奮したりしていて、みんな生気が盛んだった。目算が外れた謝憐は一同の前に出て言った。

「皆さん、さっきはずいぶん失礼をしました。私があの鬼新郎を攻撃したところ、あれは逃げましたが、遠くには行っていないでしょう。私とこの子たちが来たとき、途中で出くわさなかったので、あなたたちの中に混じっている可能性があります。お互いをよく見て、一人一人の顔を確認して、知らない人が混じっていないかどうか確かめてください」

 村人は鬼新郎が自分たちの中に混じっているかもしれないと聞くとぞっとして、用心深くお互いの顔を見合わせ、俺を見てくれ、俺はお前を見たぞ、と長いことやっていたが、突然誰かが「どうしてここにいる?」と変な声を上げた。

 謝憐は眉を跳ねて急いで向かった。「誰がいる?」

 小彭頭は人の松明を奪って隅を照らした。「この醜女が!」

 彼が指さしたのは蛍だった。蛍の鼻の曲がった顔は、火の下で少し歪んでいた。このように明るいところで晒されて耐えられないのか、「私は……」と、手を上げて顔を覆った。「私……私はただ心配していただけで、見てこようと思って……」

 彼女が怯えているのを見て、謝憐は小彭頭が手に持っていた松明を取ると一同に言った。「皆さんはどうですか?」

 大勢の人が首を横に振って、知らない人はいないと言った。「みんな知ってる」

 南風が言う。「彼が誰かに取り憑いている可能性は?」

 謝憐はしばらく沈吟した。「それはないと思う。誰も偽ってない」

「しかし、すでに『凶』である以上、変身できる可能性も」

 彼らが迷っているとき、小彭頭がまた先んじて言った。

「鬼新郎は俺たちの中にいねえ。ちゃんと見たよな? 俺たちを解放しろよ!」

 一同はまばらに相槌を打った。謝憐は彼らをさっと見渡すと言った。「皆さん、この明光寺の前に来てください。離れないで」

 人々はまた文句を言おうとしたが 、南風の顔が冷厳なのを見て 、またできなくなった。そのとき、扶揺も戻ってきて、「近くにはいません」と言った。

 明光寺の前の黒い人頭を眺めて、謝憐はゆっくりと言った。

「なら、あれは今、この人たちの中にいる」


****


春風得意……仕事や出世にこれといって問題がなく、順風満帆なこと。

小彭頭……おそらくぼさぼさ頭という意味でしょうが、今回はそのままにしました。

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Author:kirihata
中国語初心者です。原作の読み返しついでに自分なりに訳してます。
魔翻訳に毛が生えた程度なのでご了承ください。

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