第六章:鬼は花かごの上の太子を娶る1




 一人の輿夫がうっかりして誰かの腕を踏むと、叫びが上がり、送親行列はすぐに騒然とした。一行はざわざわと白い大刀を取り出し「何があった?! 来たか!?」と殺気立ち、どこに何が隠れているのか分からないでいた。街中が大騒ぎになり、謝憐がもう一度よく見ると、分離した頭身は生きている人ではなく、木の人形であった。

 扶揺が「ブスにもほどがある」とこぼす。

 ちょうど茶頭が銅やかんを持ってきて、謝憐は昨日も彼がそうしていたこと思い出すと、「ご主人、昨日、この人たちが街で楽器を鳴らしているのを見たんですが、今日もですね」と言った。

「死にたいんだろう」

「ははは……」

 謝憐は驚かなかった。「彼らは、あの鬼新郎を引き出そうとしているんですね」

「他に何がしたいんだ? 花嫁の父が娘を探し、あの鬼新郎を捕まえるために多額の懸賞金をかけたんだ。この連中は一日中やかましくしているよ」

 この懸賞金を出した父というのは、きっとあの高官さまであるに違いない。謝憐はまた、粗製乱造の女の頭を見て、この偽物で花嫁を偽装しようとしたのだと理解した。

 それを聞いて扶揺は嫌味っぽく言った。

「もし私が鬼新郎だったら、こんな醜いものを送られた暁には、この町を灰にしていた」

「扶揺、そういった物言いは仙家にふさわしくないよ。あと、白目をむく癖を直そう。まず小さな目標を決めて、一日に五回だけって決めてみよう」

「一日五十回まで許してもこいつには足りませんよ!」

 その時、隊列の中から突然一人の青年が出て来た。元気はつらつとしていて、どうやら頭領のようだ。彼は腕を振り上げた。

「聞いてくれ 、聞いてくれ! このままではまったく無駄になる。ここ数日俺たちは何回行った? 鬼新郎を引き出せたか?」

 大男たちは続々と文句を言って、その若い青年は続けた。

「まどろっこしいから直接与君山に殴り込んで、みんなで山を捜索して、あの醜男を捕まえて殺そうぜ! 俺が先頭に立って、血の気の良い男がついてきて、化け物を殺して、賞金をみんなで山分けするんだ!」

 一群の男たちは、まずまばらに二言三言交わすと、次第に声は大きくなり、最後には全員が呼応して、勢いづいた。謝憐は茶頭に尋ねた。

「醜男? ご主人、彼らが言っている醜男ってなんのことですか?」

「鬼新郎は与君山に住んでいる醜男だと言われている。あまりにも醜いから女に好かれず、恨みを抱いて、他人の花嫁を奪い取るが、上手くいかなくてまた攫うという話だ」

 霊文殿の巻物には記録されていないことだったので、謝憐たずねた。

「そんな話があるんですか? 憶測では?」

「けどね、少なくないやつが見たんだってよ。何でも顔全体に包帯を巻いていて、目つきが悪くて、話ができないから狼犬のように吠えるばかりだと。そう神妙に伝えられているんだ」

「顔に包帯を巻いているのは、必ずしも醜いからとは限らない。美しすぎて人目をはばかるからかもしれないぞ」と扶揺。

 茶頭はしばらく黙ってから、「さあね、わしも見たことがない」と言った。

 そのとき、通りから少女の声が聞こえた。

「みんな……みんなこの人の言うことを聞いちゃだめだよ、行かないで、与君山の中は危険なんだから……」

 隅っこに隠れて話していたのは、昨夜、南陽寺に来て祈っていた少女・蛍(イン)だった。

 謝憐は彼女を見ると顔が少し痛くなって、無意識に手でさすっていた。

 その青年は彼女を見ると色が悪くなって、彼女をぐっと押しのけた。

「大旦那たちが話している。小娘が口を挟むな!」

 蛍は彼に押されると少し縮こまって、だが勇気を出し、また小声で言った。

「彼の言うことを聞かないで。偽の送親列も、山の捜索も、危険だし死んじゃうかもしれないでしょう?」

「よく言うぜ、俺たちが家名にかけて民のために害を除こうとしているのに、お前はどうだ? 自分が可愛いくて、花嫁役をやってかごに上ろうとしない、俺達のためにもここの住民のためにも、それくらいの勇気も出せない。そのくせ、こうやって俺たちの邪魔をしやがる」

 彼が一言ごとにその少女を押すと、店の人たちが眉をひそめた。謝憐が頭を下げて腕の包帯を解いていると、茶頭の言葉が耳に入った。「この小彭頭は、あの娘を偽の花嫁にしようとしたんだが、口の中に蜜でも塗ったみたいに娘は承知しないものだから、あの仏頂面なんだ」

 大通りでも大男の一群が、「邪魔するな 、あっちへ行けあっち行け!」と言った。小蛍は状況を見ると平たい顔を真っ赤にして、涙を目の中でぐるぐるさせた。

「あ……あんた達、そんなに言うことないじゃない……」

「俺の言うことは正しいだろ? 俺はお前に花嫁のふりをさせようとしたのに、お前ときたら死んでも頷かねえって顔しやがっただろ?」

「私にはできないよ。でもだからって、あんただって、き、切ったり、私の裙子を切ったりしなくてもいいじゃない……」

 彼女がそのことを言うと、その若者は一瞬痛い足を突かれたように飛び上がり、彼女の鼻を指さした。

「このブスめデタラメを言いやがって! 俺がお前の裙子を切ったァ? 俺に目がついてないとでも思ってんのか! お前が自分で見せたくて切ったんじゃねえのか? どうせこのブスの裙子が破れたって誰も見ねえよ、俺のせいにすんな!」

 南風が何も聞こえなくなったと思うと、茶杯がガチャガチャと手の中ですりつぶされていた。彼が立とうとしたとき、そばで白影が翻った。そして身の丈が三尺はある小彭頭が声を上げて顔を覆い、尻餅をつく。彼の指の隙間からぽたぽたと血が流れ出た。

 何が起こったのかわからないまま、彼はすでに地面に座っていて、小蛍もまた嵐が起きたのかと思っていた。彼女の姿は隠されていた。白衣の道人が彼女の前に立ちはだかっていたのだ。

 謝憐は両手を袖にしまったまま、小彭頭を顧みもせず蛍を見て微笑むと、少し腰をかがめて彼女と目を合わせた。

「お嬢さん、中に入ってお茶しませんか?」

 地面の上の小彭頭の口と鼻は激しく痛み、まるで顔を鞭で打たれたようだったが、道人は凶器を持っていなかったし、手を出したところも、何を使ったのかも見えなかった。彼はよろめきながら起き上がって、刀を上げると、「こいつは妖法を使うぞ!」と叫んだ。

 背後の大男たちは、「妖法」を聞くと、次々と刀をあげて相対した。ところが背後で南風が突然手を打ち、「ぱちん」と一声! 一本の柱が音に応えて折れた。

 この神力を見て大男たちの顔色が変わった。小彭頭は内心では怯えていたが、まだ口は強く、走りながら彼らに向かって「今日は俺が引いてやる。お前らはどこの好漢だ、名乗れ、そのうちまた会ったら俺たちは……」と大声で叫んだ。

 南風は答えるに値しないと思っていたが、そばで扶揺が続けた。「このお方をなんと心得る、こちらは巨……」

 南風が叩くと、二人は何も言わず顔色を変えないまま仲間割れを始めた。謝憐はその娘を中に連れておちつかせ、果物やお茶を食べさせてやろうとしたが、彼女は涙をぬぐって走り去ってしまった。彼女の背中を見送ってため息をつくと、自分だけ戻ってきた。彼が入るなり茶頭は「柱を弁償してくれ」と言った。

 そこで謝憐は腰を下ろすと、南風に向かって、「柱は弁償してね」と言った。

「…………」

「その前にまず仕事をしよう。誰かに法力を借りて、通霊陣に入って情報を確認しなければ」

 南風は手をあげ、二人は手を打って誓い、すぐに極めて簡単な契約を結んだ。こうして、謝憐はついに霊陣に入ることができた。

 やっと入ると、彼はすぐに霊文が「殿下、ようやく法力を借りられたのですね? 北の方ではうまくいっていますか。あの二人の小武官の力はどうでしたか?」と言ったのを聞いた。

 謝憐は顔をあげて、南風に一打で折られた柱と、冷たい顔つきで目を閉じた扶揺を見て、「二人の小武官にはそれぞれ良いところがあって、どちらも優れた才能があるよ」と言った。

「それはそれは、南陽将軍と玄真将軍はさぞお喜びになることでしょう。殿下の言うとおり、この二人の小武官はまさしく前途有望で、飞升の日を待つばかり」と、霊文は笑った。

 やがて、慕情の声が冷たく浮かんできた。

「今回、私には何も知らせがなかった。何も言わなかったのだから、私が知るはずもない」

 謝憐は、君は本当に一日中通霊陣にいるんだな……と思った。

「殿下、あなたがたはどこに着地しましたか? 北は裴将軍が鎮座している地で、香火も盛んです。殿下が必要であれば、彼の明光殿に滞在しても良いでしょう」

「君を煩わせるまでもない。近くに明光殿が見つけられなかったので、私たちは南陽殿に落ち着きました。鬼新郎について、なにか他に情報があったりします?」

「あります。先程私たちの殿内での格付けが出ました。“凶”です」

 凶!

 人界に災いを齎す妖鬼は、霊文殿ではその能力に応じて『悪』『厳』『凶』『絶』の四つに分類されている。

 『悪』の者は一人を殺し、『厳』の者は一門を滅ぼすことができ、『凶』の者は一町を殺すことができる。最も恐ろしい“絶”の者は、すべて世に出ると、国と民とに災いし、天下が大いに乱れるだろう。

 与君山に潜む鬼新郎が、『絶』に次ぐ『凶』であったのであれば、彼を見た者が五体満足で逃げることは不可能だろう。

 通霊陣を出て、残りの二人に内容を知らせると、南風は、「あの醜い包帯男とかなんとかは、噂でしょう。そうでなければ彼らは他のものを見たわけです」と言った。

「別の可能性もある。例えば、ある特定の状況では、この鬼新郎は無力で、あるいは人を傷つけることができないとか」

 扶揺は顔をかすかに歪めた。「霊文殿は効率が悪いな。格付けを出すのにこんなに時間をかけて、何の役に立つ!」

「敵の実力を知ることができた。しかし凶である以上、この鬼新郎は強い法力を持つだろうし、偽物で彼を騙すことは出来ない。もし私たちが彼を誘き出すとするなら、目くらましを施した傀儡を送親隊にできないし、兵刃も持たせられない。何より、花嫁も生きている人間でなければならない」

「街に出て女を探して餌にすればいい」と扶揺。

「だめだ」南風は否決した。

「なぜだ? 嫌がるか? お金を渡せば喜んでやる」

「扶揺、たとえ女性が望んでいてもこの方法は使わないほうがいい。この鬼新郎は凶で、万が一失敗したら、私たちはどうともなるけど、か弱い花嫁が攫われたら、逃げられないし抵抗もできない。何も出来ず殺される」

「女がだめなら、男を探すしかない」

「どこに自ら花嫁のふりをしたがる男がいるか……」

 声が終わらないうちに、二人の視線が移った。

 謝憐はまだ微笑んでいた。

「???」

 夜、南陽寺。

 髪を解いた謝憐が殿の後ろから出てきた。

 寺の門で守っていた二人は彼を見ると、南風はすぐさま大声で「くそったれ!!!」と罵り、飛び出してしまった。

 謝憐はしばらく黙ってから呟いた。

「どうして……」

 誰かに見ても一目でわかる、目鼻立ちが温柔で端正な男の子だった。

 しかしだからこそ、素敵な美形が女の嫁入り衣装を着ている、その絵面を直視できない人も多いかもしれない。例えば南風は、おそらく個人的に受け入れられず、反応も激しくなったのだろう。

 謝憐は扶揺がその場に立ったまま、複雑な目つきで彼を上から下へ眺めているのを見て言った。

「感想は?」

 扶揺は頷くと言った。「もし私が鬼新郎で、こんな女を送られてきたら……」

「町を滅ぼす?」

「いや、その女を殺します」と、扶揺は冷酷に言った。

 謝憐は笑った。「それは、私が女でなくてよかったとしか言えないね」

「今からでも通霊陣に行って、変身の法門を教えてくれる神官がいるかどうか聞いてみたほうがいいと思います」

 天界では確かに何人かの神官が特殊な需要により、変身法に通じている。しかし、おそらく今から勉強しても間に合わないだろう。それにしても、顔を青いまま入ってきた南風が悪口を言って冷静になる姿は、彼が仕えている将軍にそっくりだった。謝憐は夜が深くなったのを見て、「まあ、盖頭をしていれば同じだ」と言った。そう言ってこの問題に蓋をしようとしたが、扶揺が手をあげて言った。

「待ってください。あなたは鬼新郎がどうやって人を始末するか知らないでしょう、もし盖頭を剥がされて騙していたことに気づかれたら、激怒のあまり異変が生じ、余計な波乱が起きやしませんか?」

 謝憐はこの話を聞いて、一理あると思ったが、彼が一歩踏み出すと、びりっ、と音が聞こえた。

 扶揺が彼のために探したこの紅い嫁入り衣装は、全くと言っていいほど体に合っていなかった。

 もともと女の体型は華奢で、彼が着ると腰回りがあまり合っていなかった。袖を上げ足元の可動域が狭まった状態で大きく動くと、ついに服は引き裂かれてしまった。どこが破れたのかあちこち探していると、寺の入り口から声がした。

「すみません……」

 三人が声のほうを見ると、蛍は畳んだ白衣を手に持って、寺の入り口に立ち、おずおずと彼らを見ていた。

「昨夜、ここであなたに会ったことを覚えていました。また会えるか試したくて。洗濯物はここに置いておきます。昨日も今日も、ありがとうございました」

 謝憐は彼女に笑いかけようとしたが、今の彼がどんな顔をしているのか思い出すと、驚かせるようなことは言うまいと決めた。

 しかし、蛍は彼に驚かなかっただけでなく、逆に一歩前に出た。「その……よかったら、手伝いましょうか?」

「…………」謝憐は言った。「いいえ、誤解しないでください。私にはそんな趣味はありません」

 小蛍(シャオイン)は急いで言った。

「知ってます。私が言いたかったのは、あなたが嫌じゃなければ、私はあなたをお手伝いできるってことです。あなたたちは……鬼新郎を捕まえに行くんですよね?」

 彼女の声と顔がぱっと上がる。「私、服を直します。いつも針と糸を持ってるんです。悪いところは直せるし、化粧もできます。私がお手伝いします!」

「…………」

 線香が二つ燃え尽きるほどの時間の後、謝憐は再び俯いたまま殿の奥から出てきた。

 今回出てきた彼は紅盖頭を被っていて、南風と扶揺は見てみたかったようだったが、結局、自分の目を大切にすることにした。彼らが探してきた輿は寺の入り口にあり、厳選した輿夫もすでに待っていた。月や夜の風が高く、太子殿下は新しい嫁入り衣装を身につけて、大きな赤い花の輿に乗った。



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Author:kirihata
中国語初心者です。原作の読み返しついでに自分なりに訳してます。
魔翻訳に毛が生えた程度なのでご了承ください。

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