第五章:三人の間抜けは巨陽殿について夜語りする2



 彼らの眼差しに気づくと、謝憐は小さく笑い、振り返った。

「本物の呪枷を見たのは初めて?」

 呪枷は、その名の通り、呪いによって形成された枷である。

 天界から貶された神官は、天罰として罪印を受け、加えて罪印はその身に束縛を成し、神力を封じて、永遠に抜け出すことができなくする。人の顔に入れ墨を刺したり、鎖で手足を拘束したりするように、刑罰であり、警告でもあり、人は恐れ、恥辱を覚えるだろう。

 二度叩き落された三界のお笑い種として、謝憐には当然、そんな呪枷があった。この二人の小武官が聞いたことがないはずはないが、知っていることと実際に見ることには、大きな差があると聞く。だから、彼らはこのような表情をしているのだろうし、謝憐も理解できないわけではなかった。

 彼は、これのせいで二人の小武官が遠慮して気分を悪くしてしまったのかもしれないと思った。あまりいいものではないから。

 言い訳して服を探しに外を一周しようとしたが、扶揺から「その姿で街へ行くなんて、とても下品ですよ」と白眼視されたので帰ってきて、南風が殿の奥に行って、ついでにお寺の祝い服を持ってきて彼に投げてくれたので、これ以上みっともなくなる必要はなくなった。しかし落ち着いてみると、さっきのことで少し気まずい雰囲気になったので、謝憐は霊文殿からもらった巻物を取り出した。

「もう一度見てみない?」

 南風は瞼を上げて彼を見た。

「もう見たでしょう。彼について更に探るべきです」

「とにかくもっと調査が必要です。その巻物の記述は不詳なところが多く、一銭の価値もない。なぜもう一度見るんですか?」と扶揺。

 その巻物は一文の値打ちもないと聞いて、謝憐はこの巻物を書いた霊文殿の顔を土気色にした小文官たちが少々可哀想になった。扶揺がまたも言う。

「ああ、さっきはどこまで話しましたっけ? 南陽寺――なぜ南陽は女信者が多いのか、でしたか?」

 やめようよもう。謝憐は巻物をしまい、突然ぴくぴくしはじめた眉間を揉んだ。言われずとも分かっていた。この話はきっとろくでもない!

 そのろくでもない事とは、いったいどんなものか見てみよう。そもそも何百年ものあいだ世の中でがらくた集めをしていた太子殿下でもなければ、南陽真君・風信が、一時期「巨陽真君」と呼ばれていたことは誰もが知っている。彼自身がこの呼び方をすれば、それは本当にひどい痛絶を伴うだろう。その由来についても、「冤罪」という感想しかない!

 なぜなら、本来の正しい字は、「倶陽」だから。誤って伝わったのには、このようないきさつがあった。

 数年前、ある国君が寺院を興して、南陽武神への誠意を表すために、わざわざ自らの手で寺院や殿の額に字を書いた。しかし、あいにく「倶陽殿」と書くべきところを、なぜか「巨陽殿」としてしまった。

 これを受けて、寺院の建設を担当する役人は困った。事情はわからないが、陛下はわざとこのように変更したのだろうか、それとも間違って書いてしまったのだろうか? もし意図してのことだったら、なぜこのように改めろと命令されたのか? もし故意でなかったら、どうしてこんな下品な間違いをしたのか? 彼には「陛下、あなたは間違っています」だなんてとても言えない。陛下は彼の不注意を当てこすろうとしているのだろうか? 彼の知識が浅いと暗に示しているのか? 心が誠実でないとでも? とはいえこれは陛下ご自身の手による書だ、反故にする必要はないのか?

 世の中で最も推測しにくいのは、君主のお心である。役人たちは極度に苦しんでいたが、やはり、陛下の不興を買うよりも、会ったこともない俱陽真君に迷惑をかけたほうがましだった。

 彼らは正しい選択をしたと言わざるを得ない。陛下の方は、倶陽が巨陽になったことを発見すると、例のない表記であったので、学者たちに古書を調べさせ、無数の些細な理由を見つけ、多くの文章を書き、もともと巨陽であって、倶陽こそが間違った書き方であることを証明しようとした。とにかく一夜明けて、全国の倶陽殿は巨陽殿になった。

 わけも分からずに神号を改められた風信は、十年以上経ってから初めてそれを知った。彼は基本的に自分の社殿の額をよく見たことがなかったが、ただあるときから、急にもやもやしはじめた。なぜ寺に参詣する女性たちがこんなにも多いのか。なぜどれも恥ずかしそうに顔を火照らせて、線香を上げて必死に祈ってくるのか?!

 何が起こっているのかが明らかになると、彼は天の頂に飛び出して、炎天下に向かって罵倒した。

 神官の諸君は震撼した。

 悪口を言っても仕方がない、拝まれていることには違いないのだから。彼は、敬虔な願いを込めた女たちに来るなとは言えず、何年も無理をして願いを聞いてきた。巨陽なんてみっともない、と考えたまともな国君によって南陽へ名前を改められても、人々は彼が武神として以外に権能を持つことを忘れていなかった。しかし彼らも、絶対にその二文字で呼んではいけないという暗黙の了解は守っていた。同時に、南陽真君への評価には、一定の認知が共有されている。『南陽真君をどう思いますか?』『色々とありがたいよね!』

 彼が口を開いて人を罵らないかぎり、すべてがありがたい!

 南風の顔は、年季の入った鍋の底のように真っ黒だったが、扶揺はたいそう詩興がこみ上げたのか、上品に吟じた。

「女の友、子宝が欲しいときの強い味方。強壮の秘術は、子を南陽に送る。あはは、あはは、あはははははは……」

 謝憐は善意で笑いをこらえ、南陽の神像の手前、顔を立てていた。南風は激怒した。

「妙な気を起こすなら失せろ、暇なら床でも掃いてろ!」

 その一言で、扶揺の顔も一瞬で鍋の底になった。南陽殿が例の二文字を聞くことができないとすれば、玄真殿の者は、床を掃くという言葉を聞くことができない。慕情は皇極観で雑役をしていたとき、日がな太子殿下・謝憐のためにお茶も水も出して床を掃除していたからである。ある日、彼が掃除しながら修行の九九を黙唱しているのを見て、謝憐は彼の努力家なこと、逆境でも学問を求める精神に感動し、国師に温情を求めて弟子にしてもらったのである。何と言えばいいのか、大事かもしれないし些細なことかもしれないし、恥かもしれないし美談かもしれないし、当事者がどう思うかによる。明らかに、当事者はこれを生涯の恥だと思っている。というのも、慕情も彼の麾下の武将も、この言葉を聞くと必ず顔色を変えるからである。扶揺はそばで罪のない顔をして手を振っている謝憐を見ると冷笑した。

「あなたも、南陽殿の連中のほうが太子殿下に屈託があると思われますか?」

「お前の将軍は恩知らずだ。よく言えるな?」南風もまたせせら笑った。

「ええと……」謝憐は口を挟もうとしたが、あははと扶揺の笑い声が遮った。「お前の将軍も五十歩百歩だろ。そんな口を叩ける資格がどこにある?」

「…………」

 それを聞いて、彼らは今にも相手の背骨を折ろうとしそうな様子になったので、謝憐はついに黙っていられなくなった。

「待って、待って。やめて、ね?」

 もちろん誰も相手にしなかったし、手を出した。誰が先にやったのかわからないが、卓子が真っ二つになって、果物がころころと転がる。謝憐は見ていられなくなり、隅に座わると「腐れ縁だなあ」とため息をつき、足元に転がっていた小さな饅頭を拾うと、皮を拭いて食べようとした。南風は目尻でそれを捉えると、すぐに叩き落とした。

「食べないで!」

 扶揺も手を止めて、信じられないような顔をすると「なぜ灰の中に落ちても食べられると思うんですか!」と嫌そうに言った。

 謝憐はその隙に手を上げた。

「止まれ、止まれ、止まれ。君たちに言いたいことがある」

 彼は二人を隔てて、和やかに言った。

「第一に、君たちが持ち出している太子殿下は、ここにいます。太子殿下がなにも言っていないのに、私を武器にして相手を攻撃するな」それから付け加えた。「お宅の将軍は絶対にこういうことをしないと思うんだけど、君たちがこんな風で、果たして彼らの面目は残るかな?」

 この言葉は大きく、二人はどちらも百面相をした。謝憐はまた言った。

「第二に、君たちは私に協力しに来たんだよね? 君たちが私の言うことを聞くのかな、それとも私が君たちの言うことを聞いたほうが良いのかな?」

 しばらくして 、二人はやっと「あなたに従います」と言った。

 彼らの顔は「寝言は寝てから言ってくれ」と言っているように見えたが、謝憐も満足して、ぽん、と手を合わせた。

「よし。最後に第三に、一番重要なのは――何かを粗末にしなければならないとしても、食べ物だけはやめて」

 南風は、謝憐が隙あらば食べようとした饅頭をまた拾ったのに気づくと、我慢できなくなって、「地面に落ちたものを食べないでください!」と言った。

 翌日も、小店で出会った。

 茶頭がまた入り口で足を伸ばして骨を休めていると、遠くから三人が近づいてくるのが見えた。白衣の道人はお気楽そうで、笠を背負って先頭を歩いており、背の高い黒衣の少年二人が続いた。

 その道人は、手を組んでゆったりとやって来た。「ご主人、お茶を三杯お願いします」茶頭よりも暇そうだった。

 茶頭は笑った。

「いらっしゃい!」

 それから思った。(馬鹿な兄さんたち三人組がまた来た。残念ことだねえ、この人は見栄えがするのに、一番頭がへんだ。なにが神だか仙だか鬼だか天だか。この人は頭がおかしいから、どんなに見た目が良くても何の役にも立たないよ。)

 謝憐はやはり窓側の席を選んだ。一斉に着席した後、南風が聞いた。

「なぜここに来て話をするのですか? 他人に聞かれない手立てはあるんですよね?」

 謝憐は温かい声で言った。

「大丈夫。他の人は聞いても放っておいてくれる。私たちが病気だと思うだけ」

「……」

「三人で顔を突き合わせるだけになるのは避けたい。本題に入ろう。一晩冷静になってみて、なにか思いついた?」

 扶揺は目を輝かせて冷然と言った。

「殺しましょう!」

「下らんことを言うな!」

「南風、そんなに凶暴にならないで。扶揺は間違ってないよ。問題を解決する根本的な方法は殺すことです。問題はどこに行って、どこで殺す相手を探し、どのように殺すかだ。私は……」

 そのとき、通りから銅鑼や太鼓をたたく音がして、三人は窓の外を見た。

 またあの隊の陰惨な”送親“人であった。この人馬の列はけたましく吹いたり叩いたり、聞こえていないのを恐れているかのようだ。南風は眉をひそめた。

「与君山の近くの地元人と結婚しても、盛大にはできないと言っていませんでしたか」

 その行列には、屈強な大黒漢がいたが、表情も筋肉も緊張していて、冷や汗をかいていて、まるで彼らが担いでいるのは晴れやかな大花輿ではなく、命や魂を奪いかねない一台であるかのようだった。かごの中には、いったいどんな人が乗っているのか?

 しばらく沈吟していると、謝憐が外に出てみようとしたが、ちょうど陰風が吹いて、籠の帷帳が風に吹き上げられた。

 帷帳の向こう人は、奇妙に傾いた姿勢でかごの中にいて、彼女の頭は歪んでいた。紅盖頭の下から真っ赤に塗られた口が出ていて、口元の笑みが大げさすぎた。かごが揺れると、頭が滑り落ちて、丸く開いた目で、こちらを睨みつけていた。

 明らかに首が折れた女が、彼らに向かって声もなく笑っているように見えた。

 担ぎ手の手がひどく震えていたのか、そのかごはあまり安定していなかったので、その女の頭も揺れていた。揺れながら、ドンと、頭が落ちて、通りに転がってしまった。

 かごの中に座っていた無頭の身体も、バタンと音を立てて、入り口から飛び出した。


*****


一応、巨陽はあれです、巨|根ってことです。

顔が黒くなるという表現がありますが、どうやら怒っているときの描写によく使われるそうです。

紅盖頭……中国の伝統的な結婚式で、花嫁が頭に被っている紅いベールのことです。新郎しか捲っちゃいけない代物ですね。



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Author:kirihata
中国語初心者です。原作の読み返しついでに自分なりに訳してます。
魔翻訳に毛が生えた程度なのでご了承ください。

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