第十四章:紅衣は楓に勝り肌は雪のように白く2 

 
 おどけた顔の彼はどうしてか、自分に知らない事は何もないと言うような泰然自若さを備えていた。少年の声ではあったが、この年頃の男の子してはやや低く、とても人を惹き付けるところがあった。謝憐は襟を正して牛車の上に腰に座ると、しばらく考えてから言った。

「血雨探花というのは、聞いたところ凄まじい光景のようだけれど、朋友、これはどういった由来でついたのだろう?」

 敬意を表すために、彼は朋友の前に“小”という字をつけなかった。その少年は気ままに座ると、立てた片腕を膝にかけ、袖口を整えると漫然と言った。

「大した話じゃないんだ。ただ一度だけ、あいつは一匹の鬼の古巣に足を運んだことがあって、そのとき山一面に血の雨が降った。あいつは帰り際、道端で一輪の花を見つけて、それが血の雨に打たれて凄惨になっていたものだから、さしていた傘を花に傾けてやったんだ」

 謝憐はその光景を想像すると、血雨と腥い風の中に、なんとも言えない風雅さと愛情深さを感じた。彼はまた、その紅衣鬼が三十三神殿を焼いたという伝説を思い出して、「花城はよく喧嘩してたりする?」と笑った。

「いつもじゃないさ、気分次第だね」

「彼は生前どんなひとだった?」

「良い奴じゃなかったのは間違いない」

「どんな姿をしている?」

 その言葉を聞くなり、その少年は彼を見上げて首を傾げ、立ち上がり謝憐のそばに行って、並んで座った。

「貴方はどう思う? あいつがどんな姿をしているか」

 間近で見ると、やはりこの少年は人をぎょっとさせるほど美しい。しかもそれは、鞘から抜かれた剣のような、どこかに攻撃の意思を秘めた俊美さであり、直視するのは憚られた。彼としばらく見つめ合っただけで謝憐は少々耐えられなくなり、彼は小首をかしげると「大鬼王であるからには彼は変幻自在で、さまざまな姿を持っているんじゃないかな」と言った。

 彼が首を振るのを見て、その少年は眉を上げた。「うん。でも、本来の姿になるときもあるよ。俺たちが話しているのはもちろん本尊のことさ」

 気のせいか、謝憐は二人の距離がちょっと遠くなった気がして、また顔を戻すと、「なら、彼の本尊は、案外、君みたいな普通の少年かもしれないな」と言った。

 それを聞くと、少年は口元を少し曲げた。「どうして?」

「特に理由はない。君が好きに喋っているから、私も自由に考えてみただけです。完全に適当だよ」

「はは、でも合ってるかもね。ところで、彼は片目を失くしてもいるんだ」

 彼は自分の右目を指差して、「こっち」と言った。

 この言い伝えは珍しいものではなかった。謝憐も少し耳にしたことがある。ある伝説によれば、花城は右目に黒い眼帯をしていて、失った目を隠しているという。「君は、彼が片目をどうしたのか知ってる?」

「うん。みんなその話題が好きだよね」

 世間の人が、花城がどのようにして右目を失ったのか知りたがるのは、彼の弱点が何なのか突き止めたかったからだ。だが謝憐の問いは純粋な好奇心に起因するものだった。彼はまた何かを言う前に、その少年は「自分でえぐり取ったんだ」と言った。

「なぜ?」

「発狂したから」

 ……気が狂って自分の目までえぐったとは。この血雨探花で紅衣鬼王に、謝憐はますます興味をそそられた。単に発狂しただけではないのだろうと彼は推測していたが、それきり言葉がなかった以上、もっと詳しいことは聞けないだろう。彼は続けて「花城にはどんな弱点がある?」と尋ねた。

 その少年が答えられるとは思っていなかった。ちょっと聞いてみただけ。もし花城の弱点がそれほどまでに簡単に知られるものなら、それが花城の弱点のはずがない。しかし、その少年は迷いなく答えた。「骨灰さ」

 一匹の鬼の骨灰を手に入れることができれば、その鬼を支配することが出来る。鬼が支配に従わず、骨灰を破壊してしまえば、彼は神形を失い、魂が散ってしまう。それが常識だった。しかし、この常識が花城に通ずるとしても、たいした意味はないかもしれない。謝憐は笑った。

「誰も彼の骨灰を手に入れられやしないよ。なら弱点は無いようなものだ」

「そうとも限らない。鬼は自分から骨灰を贈ることがあるから」

「三十三神官に決闘を申し込んだように、賭けにでも使うの?」

 その少年はせせら笑った。「まさか」

 すべては言わなかったが、花城が負けるわけがないと言いたいのだろうと、謝憐にも分かった。

「鬼界には風習があるんだ。もし鬼が、そいつだけのたったひとりを選んだら、自分の骨灰をその人に託す」

 それは、自分の命をもう一人の手に引き渡すことに等しい。それほどに深い情があるのか、なんと愛に満ちた美しい話だろう。

「へえ、鬼界にもそんな情趣あふれる習俗があるんだね」謝憐は興味深そうに言った。

「あるよ。でも、ほとんどの奴はやらない」

 だろうなと謝憐も思っていた。世の中では妖魔が人をだますだけでなく、人間が妖魔をだますこともある。たくさんの思惑や裏切りがあるに違いない。

「もし裏切られて、贈った骨灰を壊されてしまったら、それはとても心が痛むことだね」

 その少年はむしろ笑った。

「そうかな? 俺だったら骨灰を委ねた時点で、その御方にばら撒かれたって弄ばれたって本望だけどな」

 謝憐は微笑むと、ふと思い出した。二人は随分話しているが、まだお互いの名前を知らない。

「朋友、君をなんと呼べば?」

 その少年は片手を眉の上に当てると、紅酒色の夕日の残照を遮り、目を細めた。日光があまり好きではないかのように。

「俺? 俺は家で三番目に生まれたから、みんな三郎(サンラン)と呼ぶ」

 彼は自らの名字を言わなかったが、謝憐も多くは訊かなかった。

「私の姓は謝、名は怜の一文字です。君もこの方向に進んで、菩薺村に行くのかい?」

 三郎は後ろに身体を倒して藁の上に寄りかかると、自分の両手を枕にして、両足を重ねた。「わからない。なんとなく歩いていてたから」

 彼には何やら事情があるようだ。「なにかあったの?」

 三郎はため息をついて、悠々と言った。「家で喧嘩して、追い出されちゃった。長いこと歩いたんだけど行くところがなくて。今日はお腹が空きすぎて路上で倒れそうになったから、あちこちを探してやっと横になったんだ」

 この少年の身なりは適当に誂えたように見えたが、布の質は上等で、話も俗っぽくない。常に暇らしいが、さまざまなことを見聞きしていて博識だ。謝憐はとっくに三郎を、どこぞの富貴な家から飛び出してきたお坊っちゃんかなにかなのだろう思っていた。立派な若者が一人で出てきて、こんなに長い間放浪していたのなら、道中ではさぞ苦労したことだろうと、謝憐は自らの経験から深く理解していた。彼がお腹をすかせていると聞くと、謝憐は身につけていた小さなふろしき包みをひっくり返した。ひとつだけの饅頭を手に取ると、まだ硬くなっていないことを喜んで、彼に「食べる?」と訊いた。少年が頷いたので謝憐は饅頭を渡した。三郎は彼を見て、「貴方のはないの?」と尋ねた。

「私はいいよ。あまりお腹が空いてないから」

 三郎は饅頭を返すと、「俺も大丈夫」と言った。

 謝憐はそれを受け取ると、饅頭を二つに割って、彼に半分に渡した。「じゃあ、半分こしよう」

 少年はもらうと、並んで座り饅頭をかじった。彼がそばに座ったのを見て、謝憐は饅頭を一口食べると、妙にいい子だなと思いながらも、なぜか、どうも悔しい感じがした。

 牛車は起伏だらけの山道をのろのろと進んでいて、日がだんだん暮れてきても、二人は車上で談笑していた。謝憐は話をすればするほど、本当に奇妙な少年だと思った。彼は若かったが、一挙一投足や言葉には周囲を睥睨するような態度があり、余裕綽々で、天地に彼の知らないこともなければ、彼を困らせるものもないかのよう。彼は己の博識ぶりを謝憐に印象づけて、若さのわりには大人びて見えた。でも時々、彼から若者らしい趣味がにじみ出ることもある。謝憐が自分は菩薺寺の寺主であると言うと、彼はすぐ言った。「菩薺寺? 菩薺がたくさん食べられるのかな。俺は好きだよ。誰を祀っているの?」

 また頭でっかちな質問をされて、謝憐は軽く咳をした。「仙楽太子だよ。君は知らないだろうけど」

 少年が微かに笑って、何かを言いかけたとき、牛車が激しく揺れた。

 二人も揺さぶられ、謝憐はその少年が落ちるのではないかと心配して、急いで手を伸ばして捕まえた。しかし、彼の手が三郎に触れた途端に、少年は熱いものに焼かれたかのように、すばやく彼の手を振り払った。

 彼の顔色が少し変わっていて、謝憐はそれに気づくと、実は嫌われているのだろうかと思った。たしかに途中まで楽しく話していたのだが。しかし今は考えている場合ではなかった。彼は立ち上がって、「どうしましたか?」と言った。

 牛車を運転していたおじいさんは言った。「わしにも分からん! 老黄、なんで行かないんだ、行け!」

 太陽が山に隠れ、暮色が訪れ、牛車は山林の中にあり、あたりは暗くなっていった。その老黄牛は立ち止まって、ずっと強情を張って行こうとしない。おじいさんがどんなに催促しても無駄だ。牛は頭を地面に埋めたくてしかたなさそうで、しきりに鳴いている。尻尾は鞭のようで立派だった。謝憐は様子がおかしいのを気取って、車から飛び降りようとしたが、突然、おじいさんが前方を指さして叫んだ。

 山道の先に無数の緑の炎が、東西の茂みに燃えていた。白衣の人々が彼らの頭を抱えて、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 それを見て、謝憐はすぐに「護れ!」と言った。

 若邪が彼の腕から抜け出すと、牛車の周りを一回りして、宙に浮いた輪になって、二人と一頭を守っていた。謝憐は振り返って、「今日は何の日ですか?」と言った。

 そのおじいさんがまだ答えないうちに、少年は彼の後ろで答えた。

「中元だよ」

 七月半ばには、鬼の門が開く。彼は出かけて日を見ないうちに、ちょうど中元節に出くわした!

 謝憐は声を沈めた。

「むやみに歩いてはいけません。今日は邪に当たりました。道を間違えたら帰れない」


****

小朋友……お子様、子供、僕ちゃん、みたいなニュアンスです。朋友だけなら友達という意味。10歳未満の子なら周囲の大人に「小朋友」呼ばれるのは普通でしょうが、ませてきていたり、10代の若者くらいになってくると「子供扱いされてる」と感じて腹を立てるものです。


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Author:kirihata
中国語初心者です。原作の読み返しついでに自分なりに訳してます。
魔翻訳に毛が生えた程度なのでご了承ください。

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