第十三章:紅衣は楓に勝り肌は雪のように白く1



 もちろん、そんなことは絶対に言えなかった。だが南風と扶揺が銀蝶と聞いたときに顔色を変えたのも無理はない。彼らが仕えている二人の神官と共に、その銀蝶の主のせいで苦い思いをしてきたのかもしれなかった。

 ある神官が尋ねた。「太子殿下、あなたは花城に会ったそうですが、あれ……あれはあなたに何を?」

 その口調には明らかに「腕を失いましたかそれとも足ですか」と訊いているような響きがあった。

「何も。ただ……」

 謝憐はそこまで言うと、少し言葉が足りないかなと思った。「ただ」なんだろう? 自分のいる花かごを強奪し、道案内してくれた、とは言えまい。彼は少し沈黙したあと「女鬼宣姫が与君山内に仕掛けた迷陣を破って、私を中へ連れて行ってくれただけです」と言った。

 神官たちは心の中でしきりにつぶやくばかりで、沈吟して何も言わない。しばらくして神官が「諸君、どう思いますか?」と尋ねた。

 声を聞くだけで、神官たちがしきりに首を横に振っている様子が想像できた。

「分からない、全く分からないぞ!」

「彼が何をしたいのか分からない。怪しすぎる」

「花城がいったい何をしようとしているのか、いつも誰にもわからない……」

 花城はなんとかの混世魔王だとかで有名らしいが、その人を謝憐はあまり恐がっていなかった。だって今回、花城は助けてくれたような気がするのだ。いずれにせよ、彼が天界に戻ってから受けた最初の祈りは、このように成就した。

 今回の与君山任務での功徳はすべて彼に捧げられた。神々に助けを求めた高官は娘の死を確認してお礼参りを思い出したものの、傷心の状態で還されてしまえば功徳の割引は免れられず、それでもかき集めいろいろとかさ増しした結果、なんとか八百八十八万の功徳に届いた。謝憐は晴れて借金を返済し、心は朗らかで、すっきり楽しい、元気いっぱい。よぉしいい神様になるぞ、と心に決めた。神官の皆さんとお友達になるのもいいだろう。上天庭の通霊陣は静かなものだが、忙しくなれば毎日誰がが怒鳴り散らしている。そんな神官諸君も機嫌が良くなり、何か面白いものを見れば、陣内でも話して、時々冗談を言ったりする。彼は誰がだれか分からずにいたので、黙って聞き手に回っていた。しかし、いつまでも黙っているわけにはいくまい。しばらく聞き専に努めていたが、時折ぽつんと穏やかな調子で言ってみた。

「本当にとっても面白いですね」

「美しい小さな詩でも、皆さんに読んで差し上げましょうか」

「足腰の痛みにすごく効くちょっとした秘訣があるんですが、皆さんお聞きになりませんか」

 残念ながら、彼が厳選した心身にお得な情報を口にするたびに、霊陣内は沈黙した。とうとう霊文は我慢できなくなってこっそり彼に伝えた。

「殿下、貴方が通霊陣の中で教えてくださっているものは、すべて良いものです。ですが、あなたより数百歳年上の神官でも言いませんよ」

 謝憐はちょっと憂鬱になった。最高齢ではないのに、なぜ彼は神官たちの間で若者の話についていけない高齢者のようになっていのだろう。でも自分は天界を離れすぎて、ずっと寡聞で、外界のことに無関心で、ああもう救いようがないしやめたやめた。彼はあきらめると、すぐに憂鬱ではなくなった。

 まだもう一つの問題がある。今まで誰も彼のために寺院を建てていないということだ。あるかもしれないが、どうせ天界の調べに上がっていないのなら記録もない。土地にさえ一応祠があるというのに、まともな八百飛昇の神官で三度も飛んでおいて、今となっては寺院もなく、信者に祀られてもいないのは非常に気まずい。

 しかし、気まずいのも他の神官が彼に気まずくなっているだけで、謝憐は自分まで自分を哀れまなくてもいいだろうと思っていた。そして彼はある日、突然奇想を思い立った。

「誰も私を祀ってくれないのなら、自分で自分を祀ってもいいよね」と。

 神官諸君は、どう答えたらいいのか分からない。

 自分で自分を祀る神官なんて聞いたことがない!

 ここまで無様なことをして、得られる旨味なんてあるのか!

 謝憐は、口を開くと場を白けさせてしまうことに慣れていた。こんなに面白いことを思いついてわくわくすることだし、彼は思い立つと、また人界へ飛び降りてしまった。

 今回、彼が着地した場所は菩薺村という小さな山村であった。

 山村といっても 、実のところ小さな土坂である。謝憐はここの青山緑水、田んぼ、風景が美しいのを見て、今回はいいところに落ちたなと思った。よく見てみると、小さな土坂に斜めに立っているあばら家があって、あたりで聞いて回ると、村人たちは、「あの部屋はだめになって、持ち主がいないんだよ。たまに放浪者が入って一晩寝て、勝手に住んでるなあ」と言った。これはちょうど彼の目的にぴったりでは? すぐ立ち寄ってみた。

 近づいてみると、この小屋は遠くから見るとぼろぼろで、近くではもっとおんぼろだった。四方の部屋の角の四つの柱は二本腐っているのだろうか、風が吹くと、部屋全体がきしむ音がして、すぐにでも倒れそうだった。しかし、この程度はまだ謝憐の許容範囲内で、中に入って片付けをはじめた。

 村人たちは通りかかると、本当に誰かがここに泊まるなんてと驚いて、集まって賑やかにしていた。この地の村人たちはみな世話焼きで、箒をくれただけでなく、彼の灰色になった顔をきれいにしてやって、新たに摘んだ菩薺をくれた。菩薺は皮をすべて剥くと、白くて柔らかく、甘くて汁気たっぷりだった。謝憐はあばら家の入口にしゃがんで食べ終え、手を合わせて幸せを噛み締めると、ここの菩薺寺と呼ぶことにした。

 菩薺寺にはもともと小さな卓があり、二度拭いて供台にすることができた。謝憐はしばらく忙しく働いていたが、見物していた村人は、この若者が小さな道寺を開こうとしているのを見て、さらに珍しく思い、「お前さんの寺が祀ってんのは誰だい?」と尋ねた。

 謝憐は軽く咳をした。「オホン、ここでは仙楽太子を祀っています」

 一同は愕然とした。「どんな御方なんだ?」

「私は……私にも分からないです。太子殿下のようです」

「ええ、じゃあ何をしてくれるんだい?」

「たぶん人々の平安を守ってくれます」ついでにがらくたを集めている。

 人々はまた熱心にたずねた。「じゃあ、その太子殿下は財運を招き入れるのか?!」

 謝憐は借金をしなければいいんじゃないかなと思い、「残念ですが、できないようです」と温かい声で言った。

 人々は続々と彼に知恵を出した。「やはり水師だろう 、金を集めるんだ! きっと香火が旺盛に違いない!」

「それでもないなら霊文真君だろう。私たちの村から進士が出てくるかもしれない!」

 ある女は恥ずかしそうに聞いた。「あの……あなたは……ではないのですか」

 謝憐は微笑みながら、「なんでしょう?」と言った。

「巨陽将軍」

「……」

 もし彼が本当に巨陽寺を開いたら、風信はすぐに空から一矢を飛ばしてくるかもしれない!

 大ざっぱに掃除して菩薺寺をきれいにしたが、香炉や串筒などの雑物が足りていなかった。しかし謝憐は、最も大切なもの――神像を完全に忘れていた。彼は竹笠を背負って外に出た。そうだ、戸もなかった。考えてみると、この部屋はいつか建て直さなければならないなと思って、入り口に看板を書いた。

『本寺危き房、善士に願う、寄付して修繕し、功徳を積む』

 門を出て、七、八里歩き、町に出た。町に何をしにきたのか? それはもちろんご飯のため。混ぜるおかずも欲しい。彼はまた彼の古い仕事に取り掛かった。

 神話伝説では、神仙は食事の必要はないことになっているが、実のところ、そうは言いにくい。神仙たちは、確かに日光や雨露から必要な霊気を直接摂取することができる。しかし問題は――いったい誰がそんなことを好んでするのか? なんのために?

 一部の神官は法門の修練のために、五臓の清らかさを求められる。確かに彼らは、普通の人間が食す生臭い油を全く受け付けず、もし触れたら一般人が毒虫の土を食べたように、吐いたり、下痢になっていたりする。しかし彼らは食物を全く受け付けないわけではなく、きれいな土地に生まれ、寿命を延ばし、法力を高める効果のある仙果霊鳥だけは食べられるのだ。

 しかし謝憐にはこの問題は存在しない。彼は呪枷がある身なので、一般人と同じように何でも食べることができ、百戦錬磨なためいくら食べても死ななかった。一ヶ月放置された饅頭でも、緑の毛が生えたお菓子でも、彼なら絶対に耐えられる。このような逆天体質があるので 、彼ががらくたを集めていた頃は、実のところ暮らし向きはまあまあだった。寺を開くのにお金を使うのと、がらくたを受け取ってお金を稼ぐのとを比べてみると、飛昇するよりもがらくた集めのほうが断然楽だった。

 彼はいい男ぶりの仙人らしい世俗を超越した風采をしていたので、がらくた集めのときは比較的有利に働く。やがて謝憐は大きな包みをいっぱいにすることができた。帰る途中、一頭の老黄牛が板車を引いているのを見つけた。車には高く藁が積まれていて、菩薺村で見たような板車を思い出させた。ついでに車の主人が顎を上げて、上がってもいいと合図したので、謝憐は大きなぼろを背負って座った。座ってみると、高いわらの山のうしろに、もう一人が横になっていた。

 その人物は上体を草の山に隠して、左足で支え、右足を揺らし、腕を枕にしてそこに横になって休んでいるようたった。とてものんびりしているようで、その快適そうな姿は謝憐を羨ましがらせた。足は黒靴にきつくおさめられ、それが真っ直ぐでしなやかなすねにくっついており、なかなかの目の保養になっていたが、謝憐はあの夜、与君山で蓋頭の下から目にしたものを思い出していた。思わず何度も見て、この黒靴に銀の鎖がかけられていないことを確認する。どんな動物の皮でできているのか分からずじまいだったが、どこぞの小公子が遊びに出かけているのだろうと思った。

 板車は、ぱから、ぱから、と揺れながらゆっくり道を行く。謝憐は被っていた竹笠を背負い、巻物を取り出して見ようとした。彼はこれまで外界から伝わってきたすべての情報にはあまり頓着していなかったが、何度も空気を冷やしてきたので、多少悪いところは補っておこうと思った。牛車は揺れて、やがて一面の楓林をくぐる。あたりを見上げてみると、田波は青々としいて、燃えるような楓が艶かしく、山の野趣と、心にしみる清新な草は人をこの上なく酔わせるほどで、謝憐はぼうっとした。

 若き日の彼は皇極観で修行していた。その皇極観は山の中に建ており、山一面に楓の林で、金のように輝き、火のように鮮烈だった。この景色には様々な思い出を刺激されてならなかった。謝憐はしばらく眺めていたが、やがて俯き巻物を見るのを再開した。

 最初に目を開けると、一行目が見えた。

 仙楽太子、三度飛昇。武神、疫病神、ぼろ神。

「…………」

「まあまあ、よく考えてみれば武神とがらくた神も大した差はないよ。神々は平等、人間も平等」

「そうかな?」

 そのとき、彼の背後で軽い笑い声が聞こえた。

 少年はけだるそうな声で言った。「人は口では神々は平等、人間も平等と言うのが好きだ。でもそれが本当なら、人の上に神は存在していないはずだよ」

 その音は車の藁山の後ろから聞こえてきた。謝憐は振り返ってみると、あの若者がまだ怠惰に横になって、起き上がる気もなく適当に口をはさんでいる。それを見て、彼は莞爾と笑んだ。

「君の言葉にも一理ある」

 彼はまた身体を戻すと巻物を見た。続きにはこのように書いてあった。

 疫病神として、多くの人は仙楽太子の直筆や画像には呪いの効果があると信じている。誰かの背後、あるいは家の門に貼っておけば、その人やその家にカビ運が続いてしまうそうだ。

「……」

 この記述は、神のことを言っているのか鬼のことを言っているのか。

 謝憐は首を横に振った。自分に関する記述を見るのは忍びなくなってきた。代わりに今の天界の神官諸君を知ることにしよう。誰が誰なのかわからないままでいるのは失礼だし。謝憐はさっき村人から水神の話があったことを思い出して、水神に関する記述を調べてみた。

 水師無渡(シュイシーウードゥー)、水を司り、財産も兼ねる。多くの商人の店や家には水師像が供され、その金運を守っている。

「水神なのに、なぜ金運を兼ねているんだろう」と、謝憐は不思議がった。

 そのとき、藁の山の後ろに横になっていた少年は述べた。「商隊は商売をして荷物を運び、重頭は水路を行く、そのため出発する前には水師寺へ行って高い香を焼き、道中の無事を祈った。無事に帰ってこれることが続いたらどうなるかな? この調子で、水神はだんだん金運を兼ねるようになった」

 なんと彼のために迷いを解いてくれているらしい。謝憐は振り向いた。「そうなんだ。面白い、この水師はすごい大神官なんだろうな」

 その少年は笑って、「うん、水横天だね」と言った。

 彼の口調は、この神官をあまり眼中に置かず、何か良いことを言っている感じでもなかった。「水横天とはなんだい?」と謝憐はたずねた。

 その少年は悠々と言った。「船が大江を渡るか、行くか留まるかは、彼の一言にかかっている。彼に供物を捧げないとひっくり返るんだ。とても横暴なものだから、彼に贈る汚名として水横天と呼んだ。巨陽将軍、掃討将軍と同じ意味」

 名声高らかな神官たちには、人界にも天界にもいくつかあだ名がある。たとえば謝憐なら三界のお笑い種、有名な珍物、掃討星、負け犬、ゴホンゴホン、少々お待ちを。通常、神官をあだ名呼ぶのは非常に失礼なことであり、例えば誰かが慕情の前で『掃地将軍』と呼べば、慕情は激怒するだろう。謝憐は水横天と呼んではいけないことを覚えて、「なるほど、教えてくれてありがとう」と言った。それからこの少年の話は面白いと思って、また、「朋友、君は若いのにものすごく物知りだね」と言った。

「そうでもないよ。暇なんだ。暇だからいろいろ見てるだけ」

 民間では、神話の小冊子が随所に見られて、そういったものにはみんな神や鬼の話ばかりで、恩や怨恨が深く、鶏の毛やにんにくの皮ほど些細なことしか書いてなかったり、真実もあれば嘘もある。この少年が物知りなのも不思議ではない。謝憐は巻物を置いた。

「なら朋友、君は神についてたくさん知っているみたいだけど、鬼についてもよく知ってるのかな?」

「どの鬼?」

「血雨探花、花城」

 それを聞いて、少年は低く笑って、ついに身を起こした。彼が首を振ると、急に謝憐の目の前が明るくなった。

 十六、七歳ほどの少年で、紅い衣は楓に勝り、肌は雪のように白い。瞳は星のように明るく、笑いを含んで彼を斜めに見つめていたが、異常なほど美しく、妙にやんちゃな顔をしていた。黒髪はゆるく束ねられ、少し曲がっていて、とても奔放に見えた。

 二人は燃えるような楓の林を抜けると、紅葉が舞い落ち、一枚が少年の肩に落ちた。彼は軽く息を吹いて楓を吹き落とし、やっと顔を上げて彼を見て、笑ったり笑わなかったりしつつ言った。

「何が知りたいの? なんでも聞いて」


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Author:kirihata
中国語初心者です。原作の読み返しついでに自分なりに訳してます。
魔翻訳に毛が生えた程度なのでご了承ください。

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