第十二章:紅衣の鬼は文武の寺を燃やす




 少年の顔には、彼が想像していたように、深刻なやけどの傷跡があった。しかし、この赤い傷跡の下には、三、四の小さな顔がかすかに見えていた。

 そのいくつかの顔は、すべて幼児の手のひらの大きさにすぎず、歪んでいて、頬や額に分布していた。火に焼かれたために、どの小顔の目鼻立ちも、激しく皺が寄っていて、まるで苦しそうに悲鳴をあげているかのようだ。この叫んでいるような奇妙な顔が、彼の正常な人の顔に押し込められていて、本当にどんな鬼よりも恐ろしい!

 その顔を見た瞬間、謝憐は悪夢に落ちた。巨大な恐怖が彼を麻痺させ、自分がいつ立ち上がったのか、今どんな顔をしているのかもわからなかったが、彼の表情は見た者をひどく怖気づかせるものだったのだろう。その少年は包帯を解かれたときから不安そうだったが、彼の反応を見ると、謝憐がその顔を受け入れられないことを分かっていたように、自分を守ろうとするように、人々を戦慄させる顔をいそいで押さえ、飛び起きて、声をあげながら林の奥へ逃げていった。

 謝憐はやっと我に返った。「待って!!」

 彼は追いかけながら言った。「待って! 戻って来い!」

 しかし、謝憐はだいぶ間をあけてから反応した上に、その少年は山中の道をよく知っていて闇の中を逃げることに慣れていた。あっという間に跡形もなく消えてしまい、いくら呼んでも出てこなかった。謝憐以外に誰も彼を探していなかったし、あいにく謝憐の法力は枯渇していて通霊を使えず、山の中を走り回ってみたが、 小半時捜しても成果はなかった。冷たい風が吹くと彼はハッとして、頭のないハエのように行き当りばったりになっても仕方がないと気づき、自分を落ち着かせると、「蛍さんの遺体を連れて帰りに戻るかもしれない」と思った。とりあえず明光寺の前に戻ると、彼は呆気にとられた。

 たくさんの黒衣の人間が、寺の後ろの林に集まり、沈痛そうな顔をしながら、逆さにされた四十数人の死体を慎重に下ろしていた。林の前で指揮者らしき長い人影が腕を組んで監視をしているようだ。彼が振り返ると美しく冷たい少年の顔があり、それはまさしく扶揺であった。彼は一旦帰って、玄真殿の神官たちを連れて降りてきたようだ。

 謝憐が口を開こうとすると、背後で足音がした。それは村人たちを送ったあと帰ってきた南風だった。彼は状況を見て取ると、扶揺を一瞥し、「逃げたんじゃなかったのか?」と言った。

 ひどく耳障りな物言いに、扶揺は不愉快そうに眉を跳ねさせた。謝憐は肝心なところでまた口論を起こしたくなくて、「私が彼に救助兵を呼んでもらったんだ」と言った。

 南風はあざ笑った。「救助兵? せめてお前達の将軍殿に直接お越しいただきたいものだが」

「私が帰還したときすでに小裴将軍が駆けつけたと聞いた、だから我らの将軍を訪ねなかった。それに、私が訪ねたとしても彼は多忙だ、降りて来れるとは限らない」扶揺は淡々と言った。

 正直なところ謝憐は、慕情は暇だったとしても自ら降りたりしないだろうと思っていた。しかし彼は目下、あまり考える余裕がなく、少し疲れたように、「喧嘩しないでくれ。まず手を貸してくれないか、あの包帯の少年を探そう」と言った。

 南風は眉をひそめた。「さっきあなたと一緒に、あのおなごの遺体を守っていませんでしたか?」

「包帯を解かせてもらったら、彼は私にびっくりして逃げちゃって」

 扶揺は口元を引き締めて言った。「そんなわけないでしょう。あなたの女装はそこまで恐ろしくはありません」

 謝憐はため息をついた。「私が呆けて反応しなかったせいだ。蛍さんが死んで傷ついていたところに、私が彼の顔に驚いてしまったから、私が耐えがたかったんだと思って逃げてしまったようで」

 扶揺は鼻にしわを寄せて、「そんなにも醜いのですか?」と言った。

「醜いか醜くないかの問題ではなくて。彼は……人面疫を患っていた」

 その三文字を聞いて、南風と扶揺の動きも表情も一瞬硬直した。

 彼らはやっとなぜ謝憐がさっき呆けていたのかを理解した。

 八百年前、仙楽古国皇城は疫病に席巻され、ついに滅んだ。その疫病では、病気になった者にはまず小さな腫れ物ができ、腫れ物はますます大きくなり、ますます硬くなり、少し痛くなる。すると、この腫れ物には徐々に凹凸が浮かび、三つのくぼみ、一つの突起、まるで……目と口と鼻のようになっていく。そして目鼻立ちがはっきりしてきて、最終的には人の顔のような形になる。放っておくと、人の顔が増えていく。最終的に顔が出来上がると、口を開いたり、悲鳴をあげたりすることもあると言われている。

 この疫病の名前は、そのため人面疫と呼ばれている!

 扶揺は顔色を変え、組んでいた腕を下ろすと言った。「馬鹿な! あれは数百年前に撲滅された、二度と現れるはずがない」

「私が見間違えることはない」

 南風も扶揺も反駁できない。謝憐が言ったこの言葉に反論できる者は誰もいなかった。

「彼の顔には火傷があった。壊死した人面を焼いたのかもしれない」

 人面疫にかかった患者は、まず最初の反応として刃物でこの恐ろしいものを切ったり、火で焼いたりして、肉を切っても骨を切っても形振り構わなくなる。南風は言った。

「では、彼はおそらく普通の人ではなく、もう何百年も生きているのかもしれません。それはともかく、彼の病はうつるのでしょうか?」

 頭痛が炸裂しそうだったが、謝憐はこの問題を冷静に考えていて、うなずいた。

「それはないだろう。人面疫の感染力は極めて強い。もしあの少年の疫病が伝染するもので、与君山に長く隠れていたのなら、このあたりの人々は伝染していたはずだ。彼の疫病はもう……治っていると思う。ただ、罹ったときの傷は消えていない」

 三人は油断できなかった。扶揺は玄真殿でなかなかの地位にあるらしく、神官たちを招集すると、与君山とその周辺を掘り下げて隈なく捜索させた。しかし、どうしてもその少年は見つからなかった。おおかた与君山を脱出して、人波の中に消えてしまったのだろう。今できるのは、天界に帰って霊文殿に一緒に探してもらい、おとなしく消息を待つことだけだった。あの少年のものが伝染しないのは幸いだったが、謝憐は、彼の顔が恐ろしいものだと山を下ったあとに見つかって、怪物として糾弾されて殺されるかもしれないと危惧していた。できるだけ早く見つけ出さなければならない。

 与君山での道草を続けるわけにはいかず、謝憐は小蛍の遺体を抱きあげて、一歩一歩山を下りた。ぼーっとしていたので、茶頭が叫んで、遺体を抱いたまま出会いの店に入ろうとしていたことに気づき、何度も謝って、委託人を頼って埋葬して帰ってきた。すべてを終えて腰を落ちつけた後、謝憐は声もなくため息をついた。

 一件がようやく一段落したが、飛昇してからの数日は、今までの人界で過ごした一年よりもぼろぼろで疲れるものだった。腹ばいになったり、軒先の壁によじ登ったり、のたうち回ったり、変装や雑技をしたり、全身の骨がばらばらになりそうだったり、多くの未解決の謎や後遺症をのこしたり。「飛昇するよりがらくたを集めたほうがまし」という旗を背中に掲げながら世間を遊説したくてたまらない。扶揺は着物の裾をまくって彼の隣に座ると、ついに我慢できず準備していた白目を剥くと、「まだその衣装を着てるんですか?」と言った。

 彼が目玉を転がしたのを見て、謝憐はなんとも比類のない親近感を覚えた。彼はそう言われて、ずっと着ていた嫁入り衣装を脱いで、顔の白粉を拭うと、少し気が塞いできたらしい。「じゃあ、私はずっとこの衣装を着たまま小裴将軍と話してたのか? 南風~、さっき注意してくれたらよかったのに」

「あなたがそれを着て明らかに喜んでいたからでは?」と扶揺が言った。

 南風は一日中走り回って、ようやっと腰を下ろして休むことができていた。「注意する必要はありませんよ。小裴将軍はあなたが何を着ていようと気にしません。あなたがこれの十倍変な格好をしていても、彼が言いふらすことはない」

 謝憐は、今夜はこの小神官たちに苦労をかけたと思い、お茶を入れて、小裴将軍の清らかな顔つきと宣姫の狂気ぶりを思い出し、比べた。「あの小裴将軍は本当に落ち着いているね」

 南風はその茶を飲んで、「あの小裴将軍は一見礼儀正しそうですが、彼の先祖同様、扱いにくい男です」

 この点は謝憐も自ずと納得できる。これには扶揺も賛同した。

「裴宿は一二百年近く前に飛昇したばかりの成り上がり者ですが、勢い猛々しく、出世は早かった。彼が裴将軍に将軍へ指名されたのは弱冠の齢にすぎなかった。あなたは彼がその頃なにをしていたかご存知ですか?」

「なんだろう?」と謝憐は言った。

 扶揺は冷たく二文字を吐いた。「屠城(街に住む人民を虐殺した)」

 謝憐はそれを聞くと、思うところがあるようだったが、驚いては居なかった。上天庭に行けば、帝に王に将軍に宰相はそこらじゅうに居た。こと国攻めと国防というものは、まさしく一将が功をなし万骨を枯らすもの。仙神になろうとするのなら、まず傑物になるべきで、ゆえに傑人の足は血路を踏む。「上天庭に神官同士で馴れ合っている者は何人もいないし、誰も信じられない」と、扶揺はまとめた。

 謝憐は彼の経験者が後輩を戒めているような口調を聞くと、少し笑いたくなったが、扶揺が上天庭でかんしゃくを起こしたことがあるのかもしれないと考えると、なんとも言えない感慨深さを覚えた。三度飛んだとはいえ、謝憐が毎回天界にいられた時間は線香花火のように短く瞬く間に過ぎ去った。彼の天仙神たちへの理解は、この二人の小神官に及ばないのかもしれない。しかし、南風は扶揺の言葉に賛成しなかった。

「脅かすようなことを言うな。どこにでも良いことと悪いことがある。天界には信頼できる神官がたくさんいる」

「はは、信頼できる神官ね。お前のところの将軍のことを言いたいのか?」

「我らの将軍かどうかは知らん。だがどうせお前のところの将軍ではないな」

 こういった状況に直面するのに謝憐はすでに慣れて、不思議ではなかったが、考え事に引きずられて引き離すことはできなかった。

 北方での処理を終えて天界に帰ると、彼はまず霊文殿に上り、あの包帯の少年のことを話して、霊文に人界に網をかけて探すように依頼した。霊文もそれを聞いて深刻そうな顔で承知した。

「霊文殿は全力で捜索しなければなりませんね。しかし、ひとつの北方の任務にこれほど多くのことが関わっているとは思いもしませんでした。この度は本当にお疲れ様でした」

「今回は自主的に助けてくれた二人の小神官と、明光殿の小裴将軍に感謝するべきでしょう。感謝の申し上げようもございません」

「裴殿の昔の腐れ縁が引き起こした災いである以上、当然小裴が片づけなければなりません。彼は慣れていてますから、感謝する必要はないです。殿下、もしお時間があるようでしたら、通霊陣へ入っていただきたいのですが構いませんか? 皆さんに今回のことを相談しなければなりません」

 謝憐も多くの疑問がまだ解けていないので、霊文殿を出ると、ぐるぐる回って、小さな石橋を探した。石橋はさらさらと流れる水の上を跨いでいて、川の水は澄み切っており、水の底に雲霧の気が流れ、流れる水と雲霧を通して、下界に立ち並ぶ山脈とだいたい真四角な町が見えた。いいところだな、と彼は思った。橋のたもとに腰を下ろし、口令を唱えて陣中に入る。

 中に入ると、上天庭の通霊陣の中は珍しくにぎやかで、多くの声が陣中を飛び回って、乱雑になっていた。まず聞いたのは風信の罵声であった。

「くそ! 貴様らはどの山下に鎮座するか選べたか?! あの女鬼宣姫は狂人で、何を聞いても裴将軍に会いたいと騒ぐばかりで、青鬼戚容の居場所を全く白状しない!」

「宣姫将軍はいつも強情で苛烈だ」小裴将軍だった。

 風信の声はとても腹を立てているように聞こえた。「小裴将軍、裴将軍は帰ってきたのか? すぐに会わせて、青鬼威容の居場所を吐き出させたら早く連れて行ってくれ!」

 風信は女が大の苦手で、彼にこの尋問の仕事をさせてばかりなのは、謝憐も少々同情を禁じえなかった。小裴将軍は、「会っても無駄だ、もっと気が狂ってしまう」と言った。

 声がした。「また倒懸屍林か……戚容の趣味がこれほど悪くなるとは、不快だ」

「彼らの鬼界でも、あいつの品位の低下は嫌われている。本当に下劣になった」

 神官各位の交流には隙間がなく、お互いに親しいことが分かった。八百年前から飛昇した新人として、謝憐は黙って何も言わずにいるつもりだったが、長い間耳を傾けていると、とうとう口を挟んでしまった。

「諸君、与君山の倒懸屍林とはなんでしょう? 青鬼戚容もその近くにいるのでしょうか?」

 彼はあまり通霊陣で話したことがなかった。みな彼の声を知らず、神官たちが応えるべきか否か分からずにいると、最初に風信が応えた。

「青鬼戚容は与君山にはいません。しかし、その倒懸屍林は女鬼宣姫が彼の要求にしたがって供していたものです」

「宣姫は青鬼の手下というわけですか?」

「ええ。宣姫将軍は死んでから数百年が経っています。これまでも怨念を持っていましたが事を起こすには非力でした。百年以上前に青鬼に気に入られると、彼女は評価され、手下に組み入れられ、法力を増したのです」と、小裴将軍は言った。

 女鬼宣姫が反乱を起こしても、その原因だとして裴将軍を責めることができない。なぜなら、そもそもの彼女には騒ぎを起こせるほどの力はなかったからだ。ではなぜ青鬼戚容を責めるのかというと、彼が宣姫を配下にし、人を害する力を与えたからだ。小裴将軍の言明の実際の意味はそういうことだった。神官諸君は本当のところ、今回の事件を引き起こしたのは裴将軍自身の昔の禍根のせいだと思っていたが、口に出してはいなかった。小裴はそれに気づいていて、要らぬ反感を買わぬよう、程よく示唆して、言葉の間に本心を深く隠していた。謝憐はまた言った。

「では与君山はすべて調べあげたのでしょうか? 子供の霊がもう一匹いるはずです」

 今度は、慕情の声が出てきた。「子供の霊? 子供の霊とは何ですか?」温かくも冷たくもない声だった。

 謝憐は、扶揺は彼に詳細を言わなかったのだろうか、手伝いに行っていたことを隠していたのかもしれない、迷惑をかけないように扶揺のことは言わないでおこうと思った。

「私はかごの中で子供の楽しそうな笑い声を聞き、童唄から手がかりを得ました。当時私の傍には武神殿から派遣された小武官が二人いましたが、彼らは気づいていなかったようです」

「与君山内で子供の霊は見つかっていない」慕情は言った。

 おかしい、まさかあの童霊はわざわざ自分の元へやって来ていたのだろうか? 謝憐は考えていると、ふと、彼がずっと気になっていた道中のことを思い出した。

「そういえば、与君山にいたとき、銀蝶を従えている少年と出会いました。諸君はこの少年が何者かご存知でしょうか?」

 怒鳴って騒いでと紛糾していた通霊陣の中が、彼の言葉を聞いた途端、急に静まり返った。

 このような反応を謝憐はとっくに予想していた。彼は辛抱強く待っている。しばらくして、霊文が尋ねた。

「太子殿下、いま何とおっしゃいましたか?」

「殿下は先ほど、花城(ファチョン)に会ったと言ったばかりだ」と慕情は冷ややかに言った。

 ようやくその紅衣の少年の名前を知ることができて、謝憐は妙に機嫌が良くなった。

「花城と呼ばれているんですね? うん、彼によく似合っている」

 彼のそのような物言いを聞くと、通霊陣内の神官諸君は言葉を失ったようだった。しばらくして、霊文は軽く咳をした。

「その……太子殿下はお聞きになったことがあるでしょうか、いわゆる四大害を」

「恥ずかしながら、私は四名景しか分からなくて」

 四名景とは、上天庭の四人の神官が飛昇する前にあったと言い伝えられている四つの美談佳話を指す――少君傾酒、太子悦神、将軍剣折、公主自刎。その中で、『太子悦神』とは、仙楽太子が神武大街の人々を驚嘆させた逸話のことである。四景に選ばれた神官らは、必ずしも強大な法力の持ち主であるとは限らない。彼らが選ばれたのは、みな総じて、伝説が最も広く伝えられていて、人気が高いからだった。外界のそういった情報に謝憐は疎く、寡聞といってもよいが、その一景に数えられる者として少しは知っていた。この“四大害”は、おそらく後になって新たに流行した説であり、謝憐は耳にしたことがない。『害』という字を使うからには、いいものではないのだろう。

「お恥ずかしい、やはり覚えがないです。四大害とはなんでしょう?」

 慕情が冷淡に言った。「太子殿下は数百年に渡って人界で研鑽を積まれていたとのことですが、それほどまでに情報から隔絶されていらっしゃると、かえって興味深いですね。下界にいたとき何をなさっていたんですか?」

 もちろん食べて寝て芸をしてがらくたを集めていた。謝憐は笑った。「人界ですか。忙しいし働くことが多くて、複雑ですね。そこで生きていくことは神官になることよりもずっと難しい」

 霊文は言った。「四大害とは、殿下はよく覚えておいてください、『黒水沈舟』『青灯夜遊』。『白衣禍世』、『血雨探花』。上天庭にとっても中天庭にとっても非常に頭の痛い、四人の鬼界の混世魔王のことです」

 人は上へ昇って神となり、下へ堕ちて鬼となる。

 諸天仙神は天界を開いてそこを住処にし、自分たちと人界を分断すると、高みに居ながら下に面して凡世を俯瞰し、衆生を凌駕していた。鬼界というのは、まだそこまで人間界とは離れていない。妖魔鬼怪たちは人々と同じ土地に住んでいる。闇の中に潜んでいるものもあれば、人間を装って群衆に混じってさまよっているものもある。

 霊文は続けた。「黒水沈舟(ヘイシュイチェンジョウ)は、ある大水鬼のことです。彼は絶境に至っていますが、めったに問題を起こさず、非常に控えめで、ほとんど目撃情報もないため放置しています」

「青灯夜遊(チンドンイエヨウ)とは、いま私たちが話し合っている低俗な、倒懸屍林を好む青鬼威容(チングイチーロン)のことです。彼は四害の中で唯一絶境に至ってはいません。では、なぜ彼はこの中にいるのでしょう? もしかすると長年問題を起こしていて、面倒ばかりで、あるいは一つ足して四つにしたほうが覚えやすいからかもしれません。誰も話題にしませんね」

「白衣禍世(バイイーフオシー)、この方は、太子殿下のほうがよくご存知のはず。彼はまたの名を白無相(バイウーシャン)と言います」

 石橋の頭に座っていた謝憐は、その名を聞いて、突然心臓から四肢にかけて百の亡骸から抜き出したような痛みを感じ、手の甲をかすかに震わせ、無意識に拳を握った。

 もちろんよく知っている。

 『絶』がこの世に生まれると、国に災いを齎し世を乱すと言われている。そして、この白無相が世に出たとき、滅びた最初の国は、仙楽国であった。

 謝憐は押し黙っていた。霊文はまた言った。「しかし、白無相はすでに滅ぼされました。誰も彼のことを取り上げません。彼がまだこの世に残っていたとしても、今となっては主要勢力にはなれないかもしれませんね」

「太子殿下、貴方が与君山で見た銀蝶は、死霊蝶とも呼ばれています。その主人は、この四人のうちの最後の一人であり、今の天界が最も関わりたくない一人です。『血雨探花(シェーユータンファ)』、花城(ファチョン)」

 天界の中で“名声高い”とされているのは、神武大帝と仙楽太子である。両者の意味はまったく逆であるが、名声が遠くまで鳴り響いていることは同じである。鬼界における“名声高い”で彼らに匹敵する者を選ぶとするなら、花城だろう。

 もし一人の神官について知りたいなら、道へ出歩いて、神殿を見つけて入り、神像がどんな服を着ているのか、どんな物を手にしているのかを見れば、多少知ることができるだろう。もっと知りたいなら、その神官の口伝の神話や演義伝奇を聞いてみると、そこでは神官たちはどんな身分で、何をしていたのか、ほとんど掘り下げられている。妖魔鬼怪はそうではなく、かつてはどんな人で、今どんな人なのかといった上方は、ほとんど謎に包まれているものだ。

 花城という名前は、偽りに違いないし、顔も偽物に違いない。噂の彼は、あるときは気まぐれでひねくれた少年であり、あるときは優しく美しい男であり、あるときは蛇蝎のように無慈悲で妖艶な女鬼であり、どんなものでもある。彼の本尊について唯一確かなのは、彼が紅衣を纏っていて、常に血雨と腥い風を伴って現れ、銀蝶は彼の襟と袖を追っているということだけ。

 彼の出身についてはさらに無数の説がある。生まれつき右目がないので、小さい頃からいじめられこの世を憎んでいたと言う人もいれば、故国のために戦死し、恨みをもった亡魂になったと言う人もいる。愛する人が死んだ痛苦に喘いだ狂人であると言う人もいれば、怪物だと言う人もいる。最も奇妙な説によれば――本当にこれは一説にすぎないのだが、噂によれば、花城は実は飛昇した神官だったという。ただ、彼は飛び上がった後、自ら飛び降りて、鬼に堕落した。しかし、これはあまり広く伝わっていない伝説にすぎず、真偽は分からないし、信じている者も多くない。もし真実であっても、それは嘘でなければならない。この世に誰かが正当の神の地位に見向きもせず、むしろ飛び降りて鬼になったなんてことがあれば、天界はたちまち面子を失ってしまう。要するに、諸説があるほど、花城をとりまく霧は深い。

 各道の神官たちが花城をひどく恐れているのには、多くの理由があった。例えば、彼は性格が曇っていて、時に残忍に殺しを愉しみ、時に奇妙な善行をするから。例えば、彼は人界では勢力が極めて強く、信者が極めて多いから。

 そうだ。人々は神を拝んで加護を祈り、すると妖魔鬼怪の襲撃が遠ざかるからこそ、神官たちには多くの信者がいる。しかし、花城という一匹の鬼に限っては、人界にも膨大な数の信者がいて、幅を利かせている。

 そこで、話さなければならない。花城は頭角を現すとすぐに、極めて有名なことをした。

 彼は上天庭の三十五人の神官に公然と決闘を申し込んだ。決闘では、武神とは武道を比べ、文神とは論法を競った。

 この三十五人の神官のうち、三十三人の神官は馬鹿馬鹿しいと感じていたが、彼の挑発に激怒して、挑戦を受けた。腕によりをかけてこの鬼に身の程を思い知らせてやるつもりだった。

 まず彼と勝負したのは、武神であった。

 武神は天界最強の神系で、ほとんどが多く信者を抱え、法力が高い。駆け出しの小鬼を叩くにはちょうどいい安牌といえる。まさか、一戦にして、全軍が全滅し、神兵も、花城の奇怪極まりない曲刀に打ち砕かれてしまうとは思うまい!

 事が終わってから、花城が銅炉山から出てきたことが判明した。

 銅炉山は火山だ。だがこれは重要ではない。重要なのは、そこには蠱城と呼ばれる街があること。その街は「蠱毒」という名前であるだけの、人が暮らしを営んでいるような普通の街ではなかった。街自体が大きな蠱毒なのだ。

 百年ごとに、万鬼がここに集まって殺し合い、最後まで一匹の鬼になるまで殺し尽くすと、蠱は成る。結果として一匹も残っていないことが多いが、一匹出れば、それは混世魔王に違いない。数百年の間、蠱城からは二匹の鬼しか出てこなかったが、この二人は世間によく知られている鬼王となっていた。

 花城はその一人であった。

 武神はさんざんに打ちのめされて、今度は文神の番になった。

 武勇ではかなわないが、論戦でなら勝算はあるか?

 奇遇にも、まったく勝てなかった。花城は天界が得意にしている古論に触れることができ、時に文雅、時に悪辣、時に強硬に、時に透徹し、時に詭弁を使った。彼はその完璧な弁舌で、広く妖言を弄して人を惑わしていた。数人の文神は天から地まで、過去から現在までを痛罵され、憤怒のあまり血の滝が天を突いた。

 花城は、一戦にして有名になった。

 しかし、それだけでは彼は恐ろしいとはいえない。本当に恐ろしいのは、大勝した後、彼は三十三人の神官に約束を果たすように要求したことだ。

 決闘をする前に、花城が負けたら、彼は骨灰を奉納する約束をした。神官が負ければ、みな自分で天界から飛び降りて、凡人とならなければならない。彼の態度が高慢なものでなければ、賭けに乗り、三十三神官が負けるはずもないと信じて彼との論戦を受けて立ったりすることはなかっただろう。

 一人の神官は約束を守ろうとしなかった。約束を破るのは面子を失いかねないものだが、考えてみると、三十三人の神官が負けていたのだ。一人で恥をかくのは辛いが、こんなにたくさんの人が一緒に恥をかくとなれば、ちっとも恥ずかしくなくなって、逆に一緒に相手をあざ笑うこともできる。そこで彼らは暗黙の了解を通じあわせて、約束をなかったことにした。どうせ人間は忘れっぽい生き物だ、あと五十年もすれば、忘れてしまうだろう。

 この点、彼らの計算はまあまあだだった。彼らの計算で間違っていたのは、花城はそんなに生ぬるくはなかったという点だった。

 約束を守らないのか? よし、ならば手を貸してやろう。

 そこで彼は、この三十三人の神官の人界にある寺院を、すべて燃やした。

 今でも諸天仙神たちが顔色を変えて語る悪夢――紅衣鬼、文武三十三神寺を焼く。

 寺院や信者は神官が一番頼みとする法力の源泉だ。殿がなくなってしまえば信者はどこへ行って神を拝みに行けばいい? 香火はどうすれば? 精力を大きく損ないながら再び殿を立て、百年以上かけたとしても、また当初の規模に戻るとは限らない。神官にとっては、渡劫失敗よりも恐ろしい破滅だった。これらの神官の中には千以上の寺院を持つ大神官がおり、小さいものでも百に上った。合わせて万の数を超える寺院を、花城は、なんと一晩で、ことごとく焼失させてしまった。彼がどうやってやったのか誰にもわからないが、彼はそれをしたのだ。

 まったく気が狂っている。

 神官たちは君吾に泣きついたが、君吾であっても為す術がなかった。最初の決闘は神官たちが自ら引き受けたもので、約束も自分で承諾したもの。花城はとても狡猾で、ただ寺を壊しただけで、人を傷つけてはいない。穴を掘って、飛び降りてみないかと尋ねたのと同じだ。そこで三十三神官たちは自分で穴をもっと大きく掘って飛び込んでしまった。今になって何ができよう。

 もともと三十三人の神官は天下人の前でこの生意気な小鬼を打ち倒そうとし、武論戦闘法くらべをする際に、多くの人間の王公貴族を夢の中に招いて、大信者たちの前で神威を広めようとした。だが王公貴族たちが見たのは、彼らが大敗した姿であった。そこでこの夢が覚めると、多くの貴族が天官ではなく、鬼を拝した。この三十三人の神官は信者や寺院を失い、次第に姿を消し、また一代の新しい神官が飛昇して、大勢の穴はやっと埋められた。

 それ以来、天界の多くの神官は『花城』という名前を口にしては驚き、紅衣や銀蝶と聞けばぞっとした。ある者は彼に目をつけられるのを恐れ、ある者は面白くないと思って挑戦し、更に寺を焼かれた。どうも彼に剣の柄を掴まれると動けなくなったらしい。一方で、彼は人界で多くの信者を抱え、幅を利かせている。あるとき神官がやむを得ず助けを求めたところ、彼が便宜を図ってくれたこともあった。そんな調子だから、一部の神官は奇妙な心理から、彼に感服してもいた。

 だから、この御方に対して、天界は本当に、恨みながら、尊敬もしている。

 その三十五人の神官のうち、応戦しなかった二人の武神がいる。玄真将軍・慕情と、南陽将軍・風信だ。

 彼ら二人ははじめから相手にしなかった。決して花城を恐れていたわけではなく、眼中になかったか、挑戦を気にかける必要はないと思っていたのだろう。実際、それは正しい選択だった。しかし、迎え撃たなかったとしても、花城は二人を忘れておらず、何度も中元節に現れては、双方がぶつかって、延々と何度も戦って、その狂った銀蝶は二人に深い影を残していた。

 それを聞いて謝憐は、その銀蝶がきらきらと輝きながら可愛らしく彼の周りを飛んでいる陽気な光景で頭がいっぱいになって、どうしても噂と彼らを一致させることが出来ずにいた。あの銀蝶はそんなに怖いかな? いいじゃない……かわいいもの。


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城……要塞の意味意外にも、人が住む街・都市の意味合いがあります。なので、屠城は城(都市、町)の人民を虐殺すること、となります。
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Author:kirihata
中国語初心者です。原作の読み返しついでに自分なりに訳してます。
魔翻訳に毛が生えた程度なのでご了承ください。

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